ライティングの哲学
「書かないで書く」「仕事しないで仕事する」みたいなやり方を僕もこの数年どんどん強めているのかもしれないなあ。常になるべくストレスなくScrapboxにアクセス可能にしているのもそういうことで。 デバイスを問わず、いつでもとにかく書く、メモする。それが仕事そのものになっている。デバイスがないのは風呂くらいだが、一番そこが思いつくので、風呂上がりすぐiPhoneに書く、というのも多いなあ。
X(twitter)も完全にその感覚だなあ。ともかくしょうもないことでも細かく本当にいつでもどこでもアウトプットできる、そしてそれが完全なメモでなく、外に向かっていることで、ある程度整理されるのも大きいし、字数制限があるのも重要。 なのでやっぱりtwitterは自分のためにやってるんだよな。僕はtwilogにしてすごく読み返すし、そこはネタの宝庫。基本的にしょうもないことばかりなのだが、やはり仕事にもなってるんだと思う。wordleのツイートですらそう。
まあその意味では、仕事とそれ以外って本当に分かれてないんだよな。
ともかく「めちゃくちゃわかるなあ」と思って読んでる。ほんと最近こういう本によく出会うけど、こういうのって、たぶんひたすら自分も失敗と試行錯誤をしてきたからなんだろうなと思う。よくある偉人の名言とかアフォリズムとかも、それについて失敗した経験があるからこそ響くものなんだろうな。
なので、こうした良い本なり箴言なりが「失敗を未然に防ぐ」ことをどれくらいできるかというのはなかなか難しいのかもしれない。これって、初年次教育で、「書き方」「学び方」を「教える」みたいなものの難しさとたぶんほとんど同じなんだよな。 かといって、「失敗させる」ことを陽に組み込むのっていろんな意味でなかなか難しい。学習科学での「生産的失敗」とかPFL(Preparation for Future Learning)あたりをもっと勉強すべきか。 しかし,こんなに「書いている」人たちも,書くことにこんなに苦しんでいるのだとわかるのは,やっぱり希望というか.身近な人達でも,書くこととか仕事することについて,実際どうしているのかお互い見せ合うようなことをやるとめちゃくちゃ面白いだろうなあ.