ゼルダBotWとゲーミフィケーションと
2日連続で夜中にゼルダBotW(Nintendo Switchの「ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド」)をやって、「これは面白すぎるわモード」に入ってしまったのでとても続きがやりたいが、それどころじゃなくなってきた(さっきのツイートの話とは関係なく)。なんとか時間捻出したいところ。 以前は細切れにやりすぎて、「すごいのはわかるがハマりきらない」ままになっていたが、ある程度まとめてやると、なるほどそういうことか、という感じになってきた。ハマるというのにもある程度まとまった時間が必要なんだなあと改めて思った。
たぶんその「ハマりモード」に入ってしまえば、モチベーションが持続する。ゼルダBotWは、いわゆる「自由度」が凄まじく高いのに、制作者の意図する「レール」をユーザに「自ら発見」させる仕組みがあってこれが上手すぎる。この仕組みに組み込まれてくると俄然楽しくなってくる。 といったことはもうこれまでさんざん言われてきたことだと思うけど、実際にやってみるとよくわかりました。もっと深くやってみて、なぜ楽しいのか、なぜやり続けたいと思うのか、ということを自分なりに言語化しておきたい。いろんなことに応用可能だと思うので。
(参考)さんざん言われてきたこと:
などなど
優れたゲームってこういうモチベーション持続の仕組みがすごいので、ときに何十時間、何百時間とやることがあるわけですけど、RPGのようにストーリーのあるものは、1周したくらいだと、ちょっとしたらほぼ完全に忘れてしまう(僕の記憶力がなさすぎるだけかも。。。)。
ゲーミフィケーションの教育での活用、とかを考えるときに、これはちゃんと考えておかないといけないことかなとちょっと思った。ゲームに限らないな。漫画でも小説でも映画でも同じか。モチベーションが持続できて、すごく没頭して、すごく感動したとしても、まあ内容はだいたい忘れてしまう。 その対象へのモチベーションを持続する仕組みがあって、その最中は「能動的(アクティブ)」であっても、その没頭した期間がすぎてしばらくすれば、内容は頭から消えていってしまう。 内容を覚えているゲームなり漫画なり小説なりというのは、思い返してみると、やっぱり一定以上の「外化」をしたことがあるものだなあ、という気がしている。友達と話したり、何かに感想を書いたり、あるいは「自分で攻略本を作る」とか(笑)。 で、この「外化」も、一回きりとか、「ある一定期間に集中して、その後一切なし」とかだと、やっぱり忘れていく可能性が高い気がする。外化したものを何度か振り返る機会があると定着しやすいかな。
書けば書くほど、こんなことは膨大な研究の蓄積がある気がしてきた。ともかく、ゲーム的仕組みでアクティブに没頭しても、その一時期だけであれば内容は忘れていくよな、とちょっと思ったのでした。
ただ、アクションゲームやパズルゲーム等であれば、ある程度の期間ハマったゲームだと、その後ぽっかり時間が空いてもある程度スキルが残ってたりするので、知識習得とスキル習得では全然違うのかなーとも。
外化とふりかえりと再構築を繰り返していかないといけないんだろうな。なんにしても、一回きりでは本当に身についたとはいえない。そう考えると、「ある一定期間の集中した学びの成果」を総括的評価する「成績評価」とは何か(学習成果をどのように反映し得るか)、といういつもの問いに戻ってしまう。