しんどい体験と大きな学び
JSiSE第6回&特集論文研究会@静岡産業大学、2日間ですが初日のみ参加。運営側なので初日のみで申し訳なくも。リサーチクエスチョンというのもに対してこれだけ考えるようになったのは紛れもなくこの学会がきっかけだが、すばらしい若手のみなさんの質疑をききながら、「息づいてる!」とすごく思った。
なんというか。自分はD取得後に研究というものに対して自信をなくし、もうこの道では無理かなと思っていた時期もあり、長らくその気分が抜けきっていなかったように思うし、いまも抜けきっていない気もするのだけど、頑張っていかないとな、頑張っていけそうだな、と思える不思議な1日だったかも。
学会誌の編集委員の幹事補佐〜幹事の仕事をこの数年するようになり、まあこれは自分にとっては本当に本当に難しく、いちばん難しい仕事といってもいいくらい難しいなと思うのだけど、本当にやらせてもらってよかったな、と思います。
ただ、確実にしんどいのはしんどいんですよね。この仕事に限らず、自分にとって決定的に大きな学びになったことは、例外なくしんどいものであったと思う。この個人的事実は、教育をする立場として、すごく悩ましいんですよね。しんどい教育デザインをあえて設計することは、もはや許されるのかという。
むずかしいなあ。ただ、しんどい中にも、そのしんどいプロセスの中で、小さなものであっても、「ああ、そういうことか」みたいな気づきの決定的な快感のようなものを感じてはいたのかもしれないな。それ自体を楽しめるかどうか、というのは大きいのかもしれないな。
最近、これからのAIが、こうした体験のありかたを根本的に変えていくことに対して、どうしてもポジティブな気持ちを持つことができずにいたけど、心配することはないのかもしれないな。「体験というもの」それ自体がある限り、その「しんどさ」は、そのあり方を変えつつ、あり続けるのだろうし。
#雑記
2026/3/15のX(twitter)をもとに