AIの内挿と新規性と自らがわきたつような感じ
LLMのもつ知識空間はひとりの人間の持ちうるそれより広すぎるので、ちょっと内挿するだけで十分に新規なものになってしまうのだな・・・
ただしそれはあくまで内挿の操作であって、その結果に対する「自らがわきたつような感じ」を自覚して選択・強化できるかどうかで、LLMへの向き合い方は全く変わるのだろうな。
で、この「自らがわきたつような感じ」そのものを、まだLLM自身が持っているとはきっといえないのだろうと思いつつ、価値関数自体が学習されれば、それが生まれることと同じなんだろうかな、とも思いつつ、空恐ろしい感じがするやら、それも面白いものだなという感じがするやら。
この「自らがわきたつような感じ」自体の対象が狭く浅い場合には、もう内挿による新規さは「正解」になるというか、「正解ということでいいや」となってしまうんだろうな。そして、基本的に人間は多くの場合そっちに流れるものだという気もする。今後(すでにそうか)はその意味での「正解」が蔓延る。
というかこうした人間の性向の傾向なんて昔から変わるはずもなく、これまでは知識空間の広さや特殊さによる内挿を外化できる人がかなり限られていたのが、もうその内挿機械に誰でもアクセスできるようになってあたかも自分が外化したものと同等にできてしまう、ということか・・・
#雑記
2025/11/26のX(twitter)をもとに