AIと切なさと評価関数と
令和8年度東京大学学部入学式 祝辞(劇作家・演出家・役者 野田 秀樹 様) | 東京大学
全体的に同様に思うしこの数年こういうことばかり考えてる気がする…。
ただ身体性のところはどうなるかわからないなと思ってて、身体をもつロボットAIは確実に増えていくし、AIの評価関数に「(AI/ロボットにとっての)死への忌避」にあたるものを埋め込んだときにどうなるかと。
創作の源泉は生きる切なさにあり、それは死を前提としたものだと思う。AI/ロボットにとっての「この私」の死、が評価関数で表されてしまうと、「AI/ロボットにとっての、死を前提とした(人間とはまた違った感じの)切なさ」が生まれるんじゃなかろうか、と思って、それこそ切なくなったりする。
有限性に根付く忌避の評価関数をもちつつそれをメタに認識してしまう言語的操作をもつものというのは、喜びも苦しみも持つ存在であり、それをあえて作る意味、というのをもっと考えたほうがいいんじゃないのか、とか。
「AIは知識としてしか心を知らない」という認識が、「AIのもつ心の形」を想像しない人間の傲慢になる可能性は、今後十分にあり得るような気がするんだよな。
#雑記
2026/4/16のX(twitter)をもとに