群衆の中で
群衆の中で
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哲学者ビョンチョル・ハンも、デジタル時代のコミュニケーションが真の公共性を喪失させ、「群衆の蜂起」に陥っていると批判している。彼の著書『群衆の中で』(原題: In the Swarm)では、インターネット上の大衆は一見膨大な声を上げているようでいても、実は一過性で統一された意思や持続的な力を生み出せていないと論じられる。オンラインの「大群 (swarm)」には従来の公共圏に見られたような合目的的な意志形成がなく、ただ瞬間的な反応(「シュットストーム(炎上)」)が個人攻撃を生むばかりで権力構造を変革することもできない。言い換えれば、ネット上では合意形成どころか有意義な対話の土台が崩れており、そこに生じるのは擬似的な騒音=疑似合意に過ぎないという厳しい見方である。ハンの指摘はやや悲観的だが、少なくともデジタル空間では従来のような熟議民主主義的プロセスが働かず、短絡的な「いいね」の数やトレンドが世論を象徴する指標とみなされる危うさを示している。そこでは数量化された支持が即ち合意と誤解されるが、それが深い熟考や相互理解に裏付けられていないなら幻想と言えるだろう。