反哲学入門
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1928(昭和3)年生れ。山形県出身。哲学者。東北大学文学部哲学科卒。中央大学名誉教授。マルティン・ハイデガー、エドムント・フッサール、モーリス・メルロ=ポンティなどの現代西洋哲学者の主要著作を分かりやすい日本語に翻訳したことで知られる。終戦直後、闇屋で暮らしを立てていたエピソードも有名
「反哲学入門」を読んだ
哲学者の著者に編集者が口頭で聞いてまとめた本。著者は「同じ内容が何度も出てくる」ことを気にしていたが、編集者に「大事なことが何度も出てくるのは、むしろわかりやすいんじゃないか」と言われて、それもそうか、となったらしい。数学でも似たようなことがあるな。大事なことは何度も書けばいいと思うのに、なぜか同じ内容が1回だけ出現するようにしようと考えて、話の順番に悩んだりする。
まあそれはさておき、この本の口頭でまとめられた部分はとても読みやすい。
「どうして存在するのか」っていう哲学上の問いに対して、ざっくり「なる」と「作る」の2つの考え方がある。日本も古代のギリシャも、ものごとは自然に生まれ出てきて、そう「なる」ものだと考えられていた。一方、ユダヤ教は「創造主が世界を作った」という思想を持っていた。 ソクラテスは既存のギリシャ哲学の否定を繰り返したが、自身では新しい体系を作らず、その弟子のプラトンは、おそらくユダヤ教の影響で理想の「イデア」が存在し、現実世界はそれをかたどって「作られた」と考えた。プラトン以降、ヨーロッパではこの「作る」思想が強い勢力を持つようになる。その一つの理由に、キリスト教が自身の理論武装のために「自然」と「それを作った超越者」という枠組みを利用したことがあげられるだろう。 デカルトにおいても「理性」という形を変えた超越者が「考える」ことによって世界を作りだすという考えなので地続き。当時はガリレオが宗教裁判にかけられるような時代だったので、教会の考えと矛盾することは危険だった。人間の理性は「神的理性に後見され」ているから正しいという考え方をしていた。 デカルトから1~2世紀経って、カントは「神的理性の後見」を脱するべきだと考えた。それを指しているのが「啓蒙とはなにか。それは人間がみずから招いた未成年状態を脱け出すことである。未成年とは、他人の指導がなければ自分の理性を使うことのできない状態である」(啓蒙とは何か)という言葉だ。神を持ち出して「理性だから正しい」なんていうのではなく、純粋な理性だけでどこまでのことが言えるのか、何を言うと言いすぎなのか、を考えたのが「純粋理性批判」とのこと。 で、プラトン以降の色々な哲学が、全部「超越者が作るから存在する」という点でプラトンの考え方を引きずっており、これはおかしいんではないか、と言い出したのがニーチェ。彼の最初の研究は「ギリシャ悲劇の成立史」で、その過程でプラトン以前の思想に触れる機会があった。また、当時はダーウィンの進化論が現れた頃で、生物が環境に適応するために自分自身を変えるなら、人間の認知機能もまた同様に環境に適応するように「なった」ものなのではないか、という考え方もあった。 彼は「より強くあろう、大きくあろう」という「力への意志」が、存在が今あるように「なった」理由だと考えた。「神」や「理性」といった超越的な存在を仮定する必要はない、その考えをキャッチーに表現したのが「神は死んだ」だということになる。 このあとハイデガーとナチズムの話、そして筆者の大好きなフッサールの話になるのだけども、どうもこの辺りから会話から起こしたものに筆者があとで書き足したり手を加えたりする量が増えたのか、とたんに話が細かくわかりにくくなり、唐突に「予定していた分量をはるかに超えてしまいましたので、残念ですがひとまずここで打ち切り」とか言って終わった。電子書籍で読んでいたので「残りページ数が少ない」という感触がなく、まだ話半ばかと思うような書きっぷりだったのでとてもびっくりした。
そういうわけでハイデガーとフッサールについてはよくわからないけども、ニーチェまでの流れはとてもわかりやすい本だった。