令和2年版防衛白書
現在の安全保障環境の特徴 P.41
既存の秩序をめぐる不確実性が増大し、政治・経済・軍事にわたる国家間の競争が顕在化
「ハイブリッド戦」に伴う複雑な対応の発生
グレーゾーンの事態の長期化
テクノロジーの進化が安全保障に大きく影響
宇宙・サイバー・電磁波領域の重要性
戦闘様相を一変させるゲーム・チェンジャー技術(人工知能技術、極超音速技術、高出力エネルギー技術など)
一国のみでの対応が困難な安全保障上の課題が顕在化
宇宙及びサイバーなどの新たな領域の安定的利用の確保、海上交通の安全確保、大量破壊兵器の拡散への対応、国際テロへの対応
● 新型コロナウイルス感染症は、各国の軍事活動などにも様々な影響・制約をもたらしつつあり、注目していくことが必要
米国
統合軍(Unified Combatant Command)として宇宙コマンド(Space Command)を創設するとともに、6番目の軍種として空軍省内に宇宙軍(Space Force)を創設(新たな軍種の創設は、空軍創設以来約70年ぶり) 15000人程度が想定される(p.54)
宇宙軍の創設は、宇宙における取組を戦闘支援から競争と戦闘の領域へと抜本的に転換するもの
中国
21世紀中葉までに中国軍を「世界一流の軍隊」とすることを目標に、透明性を欠いたまま、継続的に高い水準で国防費を増加。核・ミサイル戦力や海上・航空戦力を中心に、軍事力の質・量を広範かつ急速に強化。その際、情報優越を確実に確保するための作戦遂行能力の強化も重視し、宇宙・サイバー・電磁波の領域に関する能力も強化
このような能力の強化は、「A2/AD」(接近阻止・領域拒否)能力やより遠方での作戦遂行能力の構築につながるもの
様々な分野において軍隊資源と民間資源の双方向での結合を目指す軍民融合政策を全面的に推進し、軍事利用が可能な先端技術の開発・獲得及び作戦遂行能力の向上を積極的に推進
世界の軍事動向について「インテリジェント化(智能化)戦争が初めて姿を現している」とし、軍による人工知能の活用などの取組
宇宙領域 P.169
主要国は、C4ISR機能の強化などを目的として各種衛星の能力向上や打上げを実施
各国は宇宙空間において、宇宙空間を利用した自国の平和と安全を維持するための宇宙利用を推進。また、中国及びロシアは、米国やその同盟国の宇宙利用を妨害する能力を強化しているとの指摘
こうした脅威に対応するため、各国は軍の宇宙関連組織の再編を推進
サイバー領域 P.174
軍隊にとって情報通信ネットワークへの依存度が一層増大する中、多くの外国軍隊はサイバー攻撃を敵の軍事活動を低コストで妨害可能な非対称な攻撃手段として認識し、サイバー空間における攻撃能力を開発
中国やロシアは、他国のネットワーク化された部隊の妨害やインフラの破壊のため、軍としてサイバー攻撃能力を強化との指摘
諸外国の政府機関や軍隊のみならず民間企業や学術機関などの情報通信ネットワークに対するサイバー攻撃が多発。重要技術、機密情報、個人情報などが標的となる事例も
電磁波領域 P.180
電磁波利用の確保は、通信・レーダー装備などの運用のために必要不可欠。主要国は、電磁波利用の妨害(電子攻撃)を、敵の戦力発揮を効果的に阻止する非対称的な攻撃手段と認識し、その能力を向上
中国は、複雑な電磁環境下において効果的に任務遂行できるよう対抗演習方式で平素から訓練を実施しており、実戦的な能力を向上
ロシアは、ウクライナ東部及びシリアにおいて複数の電子戦装備品を使用し、相手の指揮統制、レーダーを妨害するなど、電子戦能力を向上させているとの指摘
新型コロナウイルス感染症 P.183
新型コロナウイルス感染症がもたらす課題は、単なる衛生上の問題にとどまらず、サプライチェーンの脆弱性や地域経済への深刻な影響が露呈するなど各国の社会経済全般に及び、世界経済の停滞長期化が懸念
各国は、軍の衛生機能や輸送力なども活用して自国の同感染症への対応に努めるとともに国際的な感染拡大の防止にも貢献。一方、訓練や共同演習の中止・延期を余儀なくされるなど、各国の軍事活動などにも様々な影響・制約。感染拡大がさらに長期に及んだ場合、各国の軍事態勢にも様々な影響を及ぼす可能性
● 中国などは、感染が拡大している国々に対する医療専門家の派遣や医療物資の提供を積極的に行うとともに、感染拡大に伴う社会不安や混乱を契機とした偽情報の流布を含む様々な宣伝工作なども行っているとの指摘も
P.41
国家間の競争は、軍や法執行機関を用いて他国の主権を脅かすことや、ソーシャル・ネットワークなどを用いて他国の世論を操作することなど、多様な手段により、平素から恒常的に行われている。
いわゆる「グレーゾーンの事態」とは、純然たる平時でも有事でもない幅広い状況を端的に表現したものです。
例えば、国家間において、領土、主権、海洋を含む経済権益などについて主張の対立があり、少なくとも一方の当事者が、武力攻撃に当たらない範囲で、実力組織などを用いて、問題にかかわる地域において頻繁にプレゼンスを示すことなどにより、現状の変更を試み、自国の主張・要求の受け入れを強要しようとする行為が行われる状況をいいます。
いわゆる「ハイブリッド戦」は、軍事と非軍事の境界を意図的に曖昧にした現状変更の手法であり、このような手法は、相手方に軍事面にとどまらない複雑な対応を強いることになります。
例えば、国籍を隠した不明部隊を用いた作戦、サイバー攻撃による通信・重要インフラの妨害、インターネットやメディアを通じた偽情報の流布などによる影響工作を複合的に用いた手法が、「ハイブリッド戦」に該当すると考えています。このような手法は、外形上、「武力の行使」と明確には認定しがたい手段をとることにより、軍の初動対応を遅らせるなど相手方の対応を困難なものにするとともに、自国の関与を否定するねらいがあるとの指摘もあります。
顕在化する国家間の競争の一環として、「ハイブリッド戦」を含む多様な手段により、グレーゾーン事態が長期にわたり継続する傾向にあります。
特に日本では「武力の行使」を受けた時にのみ必要最小限の防衛力を行使する「専守防衛」の方針をとっているため、武力の行使かどうか曖昧なものに対して動きにくい
現在の戦闘様相は、陸・海・空のみならず、宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域を組み合わせたものとなっている。
P.57
19(令和元)年7月に公表された国防白書「新時代における中国の国防」においては、世界の軍事動向について「インテリジェント化(智能化)戦争が初めて姿を現している」としており、中国軍による人工知能(AI)の活用などに関する取組が注目される。 P.57
軍民融合は中国が近年国家戦略として推進する取組であり、緊急事態を念頭に置いた従来の国防動員体制の整備に加え、緊急事態に限られない平素からの民間資源の軍事利用や、軍事技術の民間転用などを推進するものとされている。
特に、海洋、宇宙、サイバー、人工知能(AI)といった中国にとっての「新興領域」とされる分野における取組が軍民融合の重点分野とされている。
中国は、軍事や戦争に関して、物理的手段のみならず、非物理的手段も重視しているとみられ、「三戦」と呼ばれる「輿論戦」、「心理戦」及び「法律戦」を軍の政治工作の項目としている P.68
中国は、「宇宙空間及びネットワーク空間は各方面の戦略的競争の新たな要害の高地(攻略ポイント)」であると表明し、紛争時に自身の情報システムやネットワークなどを防護する一方、敵の情報システムやネットワークなどを無力化し、情報優勢を獲得することが重要であると認識しているとみられる。 P.166
米国は、19(令和元)年にレーザー式対無人機システムを空軍が取得したほか、14(平成26)年からペルシャ湾で小型UAVに対処可能な出力30kW級の艦載固体レーザー兵器「LaWS」の試験に成功しており、...飛行する無人機の無力化に成功している。
P.167
中国は、北京・上海間約3,000kmにわたる世界最大規模の量子通信ネットワークインフラを構築したほか、16(平成28)年8月、世界初となる量子暗号通信を実験する衛星「墨子」を打上げ、18(平成30)年1月には、「墨子」を使った量子暗号通信により、中国とオーストリア間の長距離通信に成功したとしている。
P.169
中国やロシアなどは...攻撃対象となる衛星に衛星攻撃衛星(いわゆる「キラー衛星」)を接近させ、アームで捕獲するなどして対象となる衛星の機能を奪う対衛星兵器を開発しているとみられる。 P.175
18(平成30)年12月、米国などは、中国国家安全部と関連するサイバーグループ「APT10」が少なくとも12か国に対して知的財産などを標的とするサイバー攻撃を実施したと発表
わが国において、「APT10」による民間企業、学術機関などを対象とした広範な攻撃が確認
P.180
電磁波領域を利用して行われる活動には電子戦と電磁波管理があり、電子戦の手段や方法は一般的に、「電子攻撃」、「電子防護」及び「電子戦支援」の3つに分類される。
わが国周辺においては、TU-154情報収集機やY-8電子戦機などが南西諸島周辺や日本海上空を飛行したことが確認されている。
P.185
新型コロナウイルス感染症の拡大は、自らに有利な国際秩序・地域秩序の形成や影響力の拡大を目指した国家間の戦略的競争をより顕在化させ得ることから、安全保障上の課題として重大な関心をもって注視していく必要がある。