予想どおりに不合理
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社会行動学の研究結果について参考文献に論文をあげつつもわかりやすい言葉で解説している良書。
新聞のウェブ購読が59ドル、ウェブ版と印刷版のセット購読が125ドルとする。100人にどちらがいいか選ばせたらどうなるか?68人が安いウェブ購読のみのほうを選んだ。さてここで「印刷版のみ125ドル」を選択肢に加えるとどうなるか?これは明らかに「ウェブ版と印刷版のセットで125ドル」より悪い選択肢だ。みんな馬鹿じゃないからこれを選んだりしない。しかし、なんと84人の人が「ウェブ版と印刷版のセット」を選んだ。判断のしにくい2つの候補があるときに、片方に似ているが明らかに劣った選択肢を追加することで判断を誘導できる。
25ドルの万年筆を買おうとしているときに、15分ほど移動した店で18ドルで同じものが買えると聞いたら大概の人が移動する。455ドルするスーツを買おうとしているときに、15分ほど移動した店で448ドルで買えると聞いてもほとんどの人は移動しない。あなたの15分には7ドルの価値があるのかないのかどっちなんだ。
社会保障番号(まあ日本人なら免許証の番号と読み替えてもいいだろう)の下二桁ドルで特定の商品を買うかどうか質問して答えさせてからその商品をいくらなら買うか入札させると相関係数0.32~0.52で正の相関がある。しかし「影響したと思うか」という質問にはNOが返る。
先に「私の詩の朗読を聞くのに10ドル払うか?」と質問した群は平均3ドル支払うと答えたが「10ドル払ったら聞いてくれるか?」と質問された群は平均4.8ドル払えと要求した。
スターバックスはこのアンカリングの効果を避けるためにどうしたのか?店の雰囲気の差別化だ。
ゼロのベネフィット
市価30セントのトリュフと普通の安いチョコを用意して、前者を15セント後者を1セントで売ると、73%がトリュフを買った。しかし両方1セント値下げして14セントと「無料!!」に変えると、69%が無料の方を選んだ。
かつてアマゾンは一定額の注文をすると送料が無料になるサービスを開始し、売上が伸びた。しかしフランスでは伸びなかった。なぜか?フランスだけでは「無料!!」ではなく1フラン(20円程度)にしていたからだ。無料に変更すると売上が伸びた。
ディスカウントするなら請求額を細分化して何かを0円にディスカウントするべきなんだな。
ボランティアの効果
つまらない課題をやらせる際に、5ドルの報酬を提示した場合、50セントの報酬を提示した場合、無償でお願いした場合、5ドルの人は50セントの人より1.5倍熱心に作業したが、無償の人はそれよりもさらに若干熱心だった。5ドル相当のチョコ、50セント相当のチョコを報酬にした場合は無償の場合と同じ。しかし「5ドルのチョコ」と金額に言及すると成果は下がる。
このようにお金としての報酬を意識させるとやる気が減退する。お金を意識することによる影響は報酬に限らない。乱文構成問題(ランダムな単語列を並べて正しい文章にする問題)でお金の話題のものと中立の話題のもので群を分けた場合、お金の話題の群は人に助けを求めにくく、人を助けにくく、チームワークが必要な課題を避け、ひとりになりたがる傾向がみられた。
託児所の遅刻に罰金を課すようにしたところ、導入前より遅刻がふえた。そして罰金をやめるとさらに増えた。
「エンジニアがお金の話を避ける」という話題はよくあるけど、それってお金の話をすることによって作られる「場の空気」が、オープンソースやイベントに無償で参加する話をしているときの「場の空気」と異質なものであるからじゃないのかな。両方の空気に触れることは有益かとは思うしたしかに自分はお金リテラシーが低すぎる感があるが、それでもいつでもお金の話をするのが適切というわけではない。お金の話が絡まない友人って大切だって言うじゃない。いつでもお金の話をしているとそういう友人を作る機会が失われるんだろうと思う。
性的興奮の影響
「自分が静的に興奮しているときにどう答えると思うか」という質問の回答と実際にマスターベーションをさせて性的興奮の影響下で回答させたものとは有意に異なる。冷静なときの自分が思っている以上に性的興奮は判断に影響を与える。
締切りの設定
締切りを決めた群、自分で決めて宣言させた群、締切りを決めなかった群、の3つにおいて成績は先のものほどよかった。「外からの声」が必要。次善として自分で決めて宣言すること。
所有効果
抽選でチケットが当たった人にいくらなら売るか聞いた場合の平均が2400ドルだったのに対し、外れた人にいくらなら買うか聞いた場合の平均は175ドルと14倍もの差が付いた。合理的に行動するならこの平均は一致するはずである。
自分がすでに持っているものに惚れ込んで過大評価する奇癖。手に入るものより失ってしまうものが大きく見える奇癖。他の人も自分と同じように観るだろうと思い込む奇癖。
「30日返金保証」が成立するのは、もってかえって家においた時点で所有効果が発生し、失うことを損失と感じるようになるからだ。
選択肢を失うことに対する恐れ
3つの選択肢の一つをクリックすると選択肢によって異なるある範囲の報酬が得られるゲームをする。選んだ選択肢を別のものに買えるのには余分に1クリック必要で、クリックの総数は決まっている。普通にプレイさせると、3つの選択肢を少しずつクリックして一番多いと思ったところに残りのクリック数を全部つぎこむ。しかし、選択肢が12回クリックされないと消えてしまうというルールとそれを表現する「縮んでいく扉」を付けた場合、選択肢がなくなる前に「本当に自分の判断は正しかったのか?」という不安で選択肢を生かし続ける行為が発生する。獲得金額は15%減少した。選択肢変更のコストをクリックからセントに変更しても、12回経って消えたあとでも1クリックで復活するようにしても、やはり同様に選択肢を生かし続ける行為が発生する。
エーリッヒ・フロム「自由からの逃走」 近代社会で人は自由であり過ぎることに悩まされている。
ビュリダンのロバ。二つの干し草の間で飢えて死ぬロバ。2つのよく似た選択肢があってどちらかを選んでどちらかを捨てるという決断を恐れて先延ばしにしてしまう。悩むということは判断がつかないくらい似ているということなのに。
予測
美味しそうな雰囲気、きれいな容器、高級そうな材料は食べた人の感じるおいしさに影響を与える。コーラの種類を伝えずにペプシとコークを飲ませておいしい方を選ばせるとペプシが選ばれるが、銘柄を明かして調査するとコークが選ばれる。
アジア系アメリカ人のステレオタイプは「数学に強い」、女性のステレオタイプは「数学に弱い」である。アジア系アメリカ人女性を集めて、男女共学の学生寮など性別に関する質問をした群と話せる言語などの民族に関する質問をした群では、女性であることを意識させられた群のほうが有意に数学の成績が悪かった。
同じものを見たとしても同じようには感じない。事実をありのままに伝えれば相手も自分と同じ判断をするだろうという思い込みは間違っている。
コントロール群と、栄養ドリンクを飲んだ群と、半額に値引きされた栄養ドリンクを飲んだ群で、アナグラムのクイズ課題を解かせた場合、前2つは同じ成績15問中9問だったが最後は6.5問だった。つまり栄養ドリンクで頭は良くはならないが悪くはなる。パンフレットを改ざんしてクイズ課題などにもよく効くと付け加えた場合、割り引かない群は正解が3.3問増えた。つまり栄養ドリンクの成分より、それが効くと書いてある事のほうが効果が高い。
不正
普通にマークシートで問題を解く群に比べて、カンニングが可能なようにした群、そしてその証拠が隠滅される群などはカンニングが行われる。その程度は証拠の隠滅具合にはよらない。また正答数の分布は同じで平均値だけがずれていたので、一部の被験者がたくさんごまかしたのではなく、多くの被験者が少しずつごまかしたと判断できる。
ごまかせるテストの前に高校時代に読んだ本のタイトルを10個思い出してもらった群と、十戒を思い出してもらった群では、前者はもちろんイカサマをしたが驚いたことに後者はイカサマをしなかった。実在しない「無監督試験倫理規定」に署名させるのでも同様の効果。宣誓には効果があるのかもしれない。
報酬が直接現金で与えられる試験と、一旦代用通貨が与えられて4メートルほど離れた引換所で引き換える場合とでは後者の不正が2倍以上多い。そして被験者自身が「不正の量に変わりがあるはずがない」と回答している。社会で仮想通貨がもっと使われるようになった場合、不正の量が増えるのではないか?
独自性欲求と同調圧力
口頭で順番にメニューを選ぶ場合と、同時に紙に書いてもらう場合とで前者のほうが選ばれる銘柄数が多かった。人と同じであることを好まない独自性欲求。同じ実験を香港で行った場合、逆に他人が選んだものと同じものを選ぶ傾向が観察された。
その他(Twitterに書いたものなど)
わかりにくいと先延ばしになる。単純化したプランを提示することは顧客のベネフィットになる。
オークションをするときには1番高い値段をつけた人が2番目の値段をつけた人の金額を払うというシステムが適切。
売り手側がアンカーを外すには同一の対象と見られないように差別化が重要、と。買い手側は?自分が繰り返している習慣に疑問を持つように自分を訓練すべき、か。ソクラテスは吟味されない人生は生きる意味がない、と。体系的な廃棄が重要なのね。
無料は不合理な興奮の引き金。対価を支払うのが合理的なのに無料の方を選んでしまう。対価を支払う時には正しい取引か考えるがゼロだと思考停止する。無料は値引きではなく支払わなくて良いと言う付加価値。
乱文構成課題でお金についてプライミングした方が助けを求めるまでの時間が長い。人を助けない。チームワークを避ける。社会規範の中にとどめるには無意識的にでもお金のことを考えさせてはいけない。安い金額の罰金を課すと社会規範が壊れてかえってやめさせたかった行動が増える。
オープンソース活動にリソースが集まるのは報酬が得られないからであり、そこから利益を出す活動がバッシングされるのもそれが社会規範のコミュニティに対する市場規範の持ち込みであるから。愛、忠誠心、向学心はお金では買えない