GeForceデータセンター利用制限事件について
巷で話題のGeForceデータセンター利用制限事件について自分の学びのために整理しておく
追記: 文中のA社に該当する企業の例として具体的な名前も出てきているが、このページでの議論は特定のA社についての話ではなく、一般論としてNVIDIAの行為が不法行為かどうかという話なので誤解しないように。
前提とする事実
有体物「GeForce」は売買契約がなされ、すでにNVIDIAからA社に所有権が移転している。
別途「GeForce」を使用することに必要不可欠なソフトウェア「デバイスドライバ」について、使用許諾契約が結ばれている。これ 旧バージョン 今回の契約内容変更は売買契約ではなく使用許諾契約についてのものである。
契約に特定の状況(データセンター内)での使用を禁ずる旨の条項が付け加えられた。
その結果、A社は自分の所有するGeForceを特定の状況で使うことができなくなった
NVIDIA社は特定の状況で利用するなら、10倍程度高い同社の別製品を使うように主張している
他社製ハードウェアへの交換は容易ではない。そのハードウェアを使うためのソフトウェア開発環境が独自であるから。
NVIDIA日本法人の井崎武士氏
勝負は半導体というハードウェアだけの話ではないと思うんです。われわれはハードウェアとしてはGPUを持っていますが、そのGPUの性能を最大限利用できる開発環境としてCUDA(クーダ)というものを独自に用意しています。それが他社とは異なるところです
NVIDIAの立ち位置に対する第三者TechCrunchの意見。(実際のシェアの数値を探したのだが見つからなかったので代わりに)
Nvidiaの急速な成長の原因は、自動運転や自然言語理解のようなディープラーニングによるコンピューター処理を担うGPUの需要が急増した点にある。
今や多くの企業、ことに人工知能を利用しようと試みるスタートアップにとって必須のハードウェア供給元になっている。膨大なデータを利用し、その場で効率的に処理するモデルにはNvidiaのカードが欠かせない。
Nvidiaによれば「データセンターにおけるGPUコンピューティングは対前年比でほぼ3倍になっている」という。これはNvidiaの将来について重要な指標だろう。同社はディープラーニングが必要とするハードウェアの供給で(すくなくとも現在のところ)トップに立っていることは間違いない。
NVIDIAの市場占有率は82%
Deep Learning用途に限定したものではないしちょっと古いけど参考に
問
このNVIDIAの行為は不法行為であるか?
考察
独占禁止法の「優越的地位の濫用」に当たるかどうかについては既にこちらで検討されている。 第二条
9 この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう。
五 自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること。
ハ 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること。
要件
自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、
正常な商慣習に照らして不当に、
取引の相手方に不利益となるように取引の条件を変更
「乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため,甲が乙にとって著しく不利益な要請等を行っても,乙がこれを受け入れざるを得ないような場合」
「乙の甲に対する取引依存度,甲の市場における地位,乙にとっての取引先変更の可能性,その他甲と取引することの必要性を示す具体的事実を総合的に考慮する」
主張Aでは本件について「具体的事実を総合的に考慮」はされていないように見える。
上記事実の通り
ハードウェアを使うためのソフトウェア開発環境が独自であり他社製品に容易に移行できない
ことによって、取引の継続が困難になれば事業経営上大きな支障を来すのは明らかである。
また、NVIDIAの市場における地位や、取引することの必要性は、TechCrunchの言葉では以下のように記述されている:
(数値データがあるとうれしいので知ってたら教えてください)
今や多くの企業、ことに人工知能を利用しようと試みるスタートアップにとって必須のハードウェア供給元になっている。
膨大なデータを利用し、その場で効率的に処理するモデルにはNvidiaのカードが欠かせない。
Nvidiaによれば「データセンターにおけるGPUコンピューティングは対前年比でほぼ3倍になっている」という。これはNvidiaの将来について重要な指標だろう。同社はディープラーニングが必要とするハードウェアの供給で(すくなくとも現在のところ)トップに立っていることは間違いない。
なので、主張Aのここまでの論旨に上記の事実を組み合わせることで、NVIDIAの行為が「不公正な取引方法」に該当する。
ここまでが主張Aを見て思った、不正競争防止法を使う路線の話。筆者は民法を使う路線を検討したいが、とりあえずここまでのところで公開しておく。
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損害賠償には債務不履行による損害賠償(415条)と不法行為による損害賠償(709条)があるが、今回の件に関して「NVIDIAがデータセンターで使い続けられるようにすると約していた」とまでは言えないと思うので、不法行為による損害賠償に絞る。
第五章 不法行為
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
要件
1: 故意又は過失によって
2: 他人の権利又は法律上保護される利益を侵害
効果
生じた損害を賠償する責任を負う
「データセンターで使用することを禁じる条項を追加する」という行為は、明らかに、故意に「データセンターで使用すること」を妨げる目的のものである。なので要件1は充足される。論点は「データセンターで使用すること」がA社の権利、もしくは法律上保護される利益であったかどうかとなる。
まだ整理しきれてないけどザックリ
物の売買を行った時、買い手はその物を使用することができると考えるのが、商慣習に照らして一般的
物の売買を行った時、その物の使用に必要不可欠のソフトウェアが無償でライセンス供与されていた。
売買成立時にNVIDIAはそのソフトウェアのデータセンター内での利用を禁じていなかった
「無保証」は「禁止」ではない
【お知らせ】GeForce/TITAN系製品のデータセンターでの利用は以前から無保証でした。その意味でデータセンターやクラウドサービスに利用することはお断りしてきましたが、大学の研究室等での利用を妨げるものではありません。NIPSで発表した最新のNVIDIA TITAN VもHPCや深層学習に最適な製品です。
「データセンターでの利用は無保証」について、当業者の通念として「無保証」は「禁止」とは異なる概念であり、「積極的に保証するものではないが、自己責任で利用可能である」という意味に解釈するのが一般的
実際、ライセンスの6.1条でNVIDIA自身が「いかなる保証もしない」と表現している。もし「無保証とは禁止の意味だ」と主張するならこのライセンスはいかなる利用も禁止していたことになる。
6.1 無保証。準拠法で認められる最大限の範囲において、本ソフトウェアは「現状のまま」提供され、明示的なものか、黙示的なものか、法定されているかを問わず、本ソフトウェアに関連する、または本ソフトウェアを原因とする、いかなる性質や種類の保証 (商品性、特定目的に対する適合性、権原、非侵害性に関する黙示の保証を含みますが、それらに限定されません) も NVIDIA とそのサプライヤーは拒否します。
買い手は「データセンター内で自分が購入した物を使うことができる」と考えるのが自然
売買契約が履行された後で、その物の利用に必要不可欠であるソフトウェアのライセンスを改訂し、その物の使用をできなくすることは、売買契約時に買い手が予期した「その物を使用できる」という利益を損ねるものである。
この利益は、法律上保護されるべきである。
大学湯事件
吾人の法律観念上其の侵害に対し不法行為に基く救済を与ふることを必要とすと思惟する一の利益
法律上の権利として明記されていなくても、裁判官が「この侵害に対して救済を与えるべき」と思うような利益を侵害している場合には、その利益の侵害行為を不法行為とし、救済を与えることができる
よく似たケース
「ソニーがPS3からLinuxなどのOSをインストールする機能を削除」した件をめぐる訴訟で、2010年に行われたアップデートで損害を被ったユーザー約1000万人に対して賠償金を支払うことにソニーが合意した
事実整理
有体物「PS3」は売買契約がなされ、すでにSonyから各個人に所有権が移転している。
PS3の中で動くソフトウェアに対して、アップデートが配布された 公式アナウンス セキュリティの脆弱性に起因する問題への対応という主張である。
法廷では「コンテンツの著作権侵害」に関する言及があったらしい。(伝聞)
LinuxなどのOSをインストールすることによって、その機能を用いてコンテンツの著作権を侵害できる可能性を潰そうとしたものである(解釈)
このアップデートの適用は任意であった。
しかしアップデートを適応しないとPlayStation Networkにアクセスすることが不可能となり、ゲームのオンラインプレイなどが不可能になる。
このケースはNVIDIAの件に比べるとSonyはだいぶ善良だ(著者の主観的感想である)
アップデート前のPS3において「Linuxなどをインストールすること」と「それを介してコンテンツの著作権侵害を行うこと」が可能であって、後者の著作権侵害を止めようとするのは納得できる。
しかしその手段として「Linuxなどをインストールすること」ごと止めたことが問題視された。
所有権移転後のPS3から「Linuxなどをインストールする機能」を削除したことが「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した」に該当し、損害賠償をすることになった。
(もちろん本件は米国法なので条文は異なる)
逆にNVIDIA側の立場だったらどう主張するか考えてみる
確かにGeForceを売るという契約はしたが、それは物の所有権を渡すだけ
それが使えるかどうかは知ったことではない。
使えるものだと思って買ったあなたの判断が間違っていただけ。
デバイスドライバは私の財産であって、それをどういう条件でライセンスするかは私が自由に決めて良いこと
不満があるなら使わなくてよい
現時点で(無償で提供していることによって他社が開発するインセンティブがなくて)デバイスドライバが私の提供する物一択であるからと言って、あなたがそれを使わなければいけない理由はない。ライセンス契約内容が不満なら自分でデバイスドライバを作るなり他のサプライヤー(いないけど)から買えばよい
GeForce上のデバイスドライバに関して100%の独占状態にある立場を利用してる気がするなー。
その独占的立場を作ったのも無償配布による焦土戦略だしなぁ。
うーん「不満があるならデバドラを自分で作れよ」理論にも一応筋が通っているか。
独占禁止法的な視点を除いて。
PS3の事例を考えると、NVIDIA側の主張は不利に見える。
ここまでのまとめ
僕は「法律上保護されるべき利益が故意に損なわれている」という立場を支持するけど、裁判所の判断に任せるしかなさそうだなぁ
A社が「GeForceが使用できなくなったことによって、GeForceの購入費用やGeForceのデータセンター内使用によって得ていたビジネスの利益に相当する損害が発生したので賠償しろ」って訴えるといいんじゃないかなー(ひとごと)
ライセンス3条がいやらしいという指摘
防衛的停止。お客様が、NVIDIA に対する何らかの法的手続きを開始する、またはそれに参加する場合、NVIDIA は、かかる法的手続きの係属中に、その独自の裁量により、本ライセンスのもとで付与されるすべての使用許諾およびその他すべての権利を停止し、または終了することができるものとします。
なんか結論はありきたりになった気がする
その他話題
「前のライセンスでもレンタルは禁止されていた!」という主張について
No Rental. Customer may not rent or lease the SOFTWARE to someone else.
ソフトウェアのレンタルと明記されているのでハードウェアのレンタルは制限されていない。
ハードウェアをドライバインストール前の状態で貸して、各ユーザが自分でEULAに合意してドライバをダウンロードすればよい
むしろAmazon EC2とかでドライバインストール済みのAMIを提供する行為は大丈夫なんだろうか??
「ユーザが合法に入手したソフトウェアを使い続けることで、著作権者に逸失利益が発生する場合に、著作権者はユーザに対して差止請求権を持つか?」
著作権者はソフトの使用の権利を占有しないので差止請求権も発生しない
「旧ライセンスをユーザが継続して利用したことによる損害賠償の請求が可能なのであれば、さらなる損害の拡大を防ぐことを目的として利用停止を裁判所に申し出ることができる?」
まず、損害賠償請求ができるためには、ユーザの旧ライセンス使用行為が不法行為でないといけない。
NVIDIA側の法律の保護に値する利益をユーザが損ねてるかどうかが論点
法律学小事典によれば、損害が発生した後に事後的に損害賠償請求を行うのが我が国の原則であり、差止請求権は個別の法律によって限定的に認められているにすぎないとのこと。なので今回のケースで差止請求権はない。
Webサービス提供企業がサービス終了するのと何が違うのか?
事前に有体物の売買が行われているところ。
また多くのWebサービスでは「本サービスを、お客様に対する事前の予告なくして停止、廃止または変更することができます」という感じの条項が利用規約に書かれている。