先延ばしとセルフコンパッション
nori76 「先延ばし」についての本を読んでいて、先延ばしに対処する上での鍵が「セルフコンパッション」であるの興味深い。理屈としては、先延ばしがちな人は「自己批評的」だったり「完璧主義」だったりする場合が多く、これが、例えば仕事が少しうまく進まない時に、「自分はなんてダメだ」「このレベルのものなんて出せない」と考えてしまうことにつながり、それが「先延ばし」を生み出す、と。 私も先延ばししがちなタイプなんだけど、このメカニズムはすごく当てはまるところある。「自分はダメだ」は最近減ったけど、「こんなものは出せない」はかなりよくあるし、そういうモードの時は、先延ばしよくしてる。
こういう理屈があるから、コンパッションはたしかに重要なんですよね。私も気づかないうちにそれを実践できるようになってたとこあって、それで30代半ばからは「致命的な」先延ばしは減ったとこある。
そこで鍵だったのは、コンパッションを大きなテーマにしないこと。自己肯定感を高める、とかだと達成は難しいけど、メールの返信をひとつ出せた!とか、具体的で小さな達成を褒めるのはわりとすぐできる。これを繰り返してるうちに、いつの間にか「セルフコンパッション」的なモードを使えるようになったし、それは確かに先延ばしを減らしてくれたように思う。なので、その理論的なモデルを最近勉強して自分の中ですごく腹落ちしたところがある。 nori76 読んでいる本は以前も紹介したこちらの本です。良い本なので邦訳も出て欲しい! 「先延ばしへの罪悪感をもつことで、罪悪感を感じる私はまだマシだと思いたいから先延ばしする」という心理ロジックに出会い、
褒め日記を続けたら先延ばし行動が自然と無くなったことがありました
yukimitsumugiya 「先延ばしと罪悪感とセルフコンパッション」の解像度をあげるべくいろいろ調べてたら、先延ばしはドーパミン依存な行為だということがわかった。結局すべて脳科学に行き着く....。先延ばしって「行動してない」と見られがちやけど、「先延ばしをする」という行為だもんな。 yukimitsumugiya あえて罪悪感を得るために先延ばしをする、という一見論理的ではない謎行動もドーパミンを感じたいがために先延ばしをしてたと説明ができる。 nori76 ワトキンス本でも出てくるけど、例えば明日締め切りの仕事が終わらない時に、「自分はなんてダメなんだ」と反すうし続け、目の前の仕事に手がつかずスマホを見続ける回避をしてしまう時って、「仕事が終わらない」という辛い現実から「離れられる」という意味で「報酬」として実は機能するんですよね。だから「学習」されてしまう。 もちろん、そのまま仕事が終わらなければ、翌日に叱られるわけで、長期的には報酬どころか不利益になるんたけど、短期的には「現実逃避できる」という報酬になってしまう。
全ての人がこれに当てはまるわけではないけど、自分としては「こんなに悩んだり、先延ばしする自分嫌だ」と辛い気持ちを感じてるつもりが、実はそれが報酬となってそのパターンを学習してしまっている、というのは私的にはすごく納得感があるし、だからこそ心の問題を解くことの難しさがあるなと思う。非常に両義的なんですよね。