作れる人と作れない人
manabuueno 100周回って世の中は作れる人と作れない人に分かれるのではないかと思った。技能の違いではなく、大人になる過程で自分がどちら側だと自認したかの違い。作るには何より、自分は作れるという信念が必要で、作れる人はそれが領域を限定せずに広がっている。ポランニーが暗黙知と呼んだのはこの信念だ。 manabuueno 人が芸術的活動を行うのはだいたい15歳からの60年間だとクブラーが書いていた。自分は作れる側であるという認識はおそらく15歳ごろまでに感得される。作れる側の人間は作ることで作ることに近づく。作れない側の人間は作ること以外の仕方で作ることに近づく。そんなふうに見える。 manabuueno 作るのに必要なのは作る能力ではなく作れるという信念だ。どんなに優れた能力があっても作る時には何かしらそれ以上の困難に突き当たる。それを乗り越えることができるのは信念の力だけだ。作れない側の人間は、作れるかどうかを能力の問題だと誤解しているのだと思う。 >manabuueno: 作る時は誰でも、何かしらうまくいかなくて途方にくれるものだ。そこで投げ出してしまうかどうか。自分は作れると信じる者だけが茨の道を先へ進み、ついに形を得るのである。この経験の繰り返しが、作る人をつくる。 関連