インド文化と日本文化の違い
関西万博のインド館が間に合わないことに関して
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ざっくり結論
インド側:調和を守り「ノー」と言わずに場を収める文化。結果的に事実とズレても“悪質なウソ”という感覚は薄い。
日本側:不確実さを極端に嫌い、約束と事実の整合性を重視。ズレが生じると「信頼を裏切った=ウソ」と受け取りやすい。
衝突の根:
①不確実性への耐性(UAI)差
②“フェイス維持”のやり方の差
③言語化された保証をどれだけ重んじるかの差。
1. 背景理論で読み解く
Hofstede 不確実性回避
インド: 40(低〜中)「細かい規則より臨機応変」(India)
日本: 92(世界でも最高レベル)「まずリスクを潰す」(Penn State Sites)
保存すべき“フェイス”
インド: 対人関係の調和
「No」は失礼→遠回し/肯定的表現で回避(commisceo-global.com)
日本: 約束の履行能力
内外で差はあっても、ビジネス上の数字や納期は厳守
コミュニケーション様式
インド: ハイコンテクスト+階層意識
上司や相手を立てる間接話法が多い(Global Business Culture)
日本: ハイコンテクストだが、数字・仕様・期日では明示的確認を好む
どうズレが生まれるか
1. 「Yes=了解」とは限らない
インドでは「検討します/たぶん大丈夫」の含みで肯定的リアクションを先に出す傾向がある。
日本側はこれを確約と解釈してしまう。
2. ゴールポストが動く
途中で条件が変わっても「まず可能性を探る」姿勢がインド側には自然。
一方、日本側は一度決めた仕様を途中で変えると「背信」と感じやすい。
3. 意図と評価軸の不一致
インド側:「相手を喜ばせようとしただけ」
日本側:「事実と違えば虚偽。信頼できない」
2. 心理・倫理観の違い
道徳判断の軸
近年の実験では、集団主義文化でも「嘘の善悪」を“動機”より“結果(関係維持・調和)”で評価する傾向が強いことが報告されている。
日本は「誠実さ・約束の履行」をより強く重んじるため、動機が善でも結果が誤情報ならウソ扱いになりやすい。
ロー・トラスト vs ハイ・トラスト環境
世界価値観調査では日本の方が一般的対人信頼が高く、契約前提社会。
インドは多言語・多宗教で“まず関係構築してから細部を詰める”文化が根強い。
信頼の作り方自体が違う。
3. 実務での処方箋
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状況 インド側にお願いしたいこと 日本側がするとラクなこと
要件定義 “最終確定”のタイミングを明示し、途中変更は都度議事録で上書き 「Yes = たぶんYesかも?」と捉え、必ず書面・チャットで確認
期限管理 遅延リスクが見えた瞬間に早報 余裕バッファを設定し、進捗を細かく区切ってレビュー
合意形成 重要ポイントはワークショップ形式で相互に再説明 「理解度チェック」を質問形式で実施(クローズド質問よりオープン質問)
関係構築 雑談・非公式チャットで信頼残高を貯める 相手の立場や上司への報告ラインも尊重し、“顔を立てる”コメントを加える
4. ステレオタイプ化に注意
国民性は平均値であって個人特性ではない。現地教育・業界・都市圏/地方で大きく異なる。
日本も本音と建前で「方便」を使う文化がある点は自覚しておくと対話が軟らかくなる(ウィキペディア)。
まとめ
インド側の「場を和ませる方便」と、日本側の「事実厳守・履行責任」が衝突点。
互いの不確実性許容度とフェイスの守り方の違いを理解し、文書化と追加確認を増やすことで多くの摩擦は低減できる。
最後は「悪意の有無」でジャッジせず、構造的な文化ギャップとして捉えると建設的な関係が築きやすい。
文脈
mustafaalyabani インド人が「嘘を嘘と思ってない」というのは本当にそうっぽいんだよな。「自分に都合の良いことを言ったらたまたま事実と異なってしまった」ぐらいの感覚でそこに悪意はないし、それを(悪意ある)嘘だと言われるのは彼ら的には心外で、何故日本人が怒るのか根本的な部分では分かってくれない。
>trstrstrstrsn: 嘘を嘘と思ってないような人が一定数いるから、年月を経て「この人は(日本人的な感覚で)信頼できる」と思えるようになった人以外とのコミュニケーションにおいては、自分の目で見るまで一切を信じず、あらゆるリスクを想定する必要がある、って昨日チャイ屋で横にいたインド駐在員が言ってた x.com/irukaotoko/sta…
mustafaalyabani 彼らに嘘をつく意図や騙す悪意が必ずしもない故に、こちらの批判は理不尽な攻撃、そして事実関係の確認は粗探しなどと誤解される事態がしばしば発生する。無用な軋轢と苛立ちを避けるためにも彼らと関わらないで済むならそれが最善なのだが、誰もがインドフリー生活を満喫できるわけではない。
mustafaalyabani 物事が予定通り進まない土地の民が多数派の組織にいれば自分も無責任体質に同化してしまえば済む話だが、他方で現地事情に理解のない本社から「なんでこんな簡単なことができない/こんなに時間がかかるの?」と本社から問われる駐在員は気の毒過ぎて泣ける
>trstrstrstrsn: インドと関わっていると「悪意ない嘘」というのが本当に多いですよね、「甘すぎる読み」とも言い換えられそうです
mustafaalyabani 日本人各位、
物事が予定通り進まない国々の民とやりとりするなら先進国的な甘えを捨てろ。彼らが言ったことが事実であるとか実現すると思うのは甘え。質問への正確且つ網羅的な回答を期待するのは甘え。しつこく進捗しなくても予定通り物事が進むと期待するのは甘え。
>pondebekkio: これ、日本人以外の外国人みんなが結構持ってる特徴だと感じる。トルコ人や中国人の知り合いとかも割とみんな願望を現実みたいに話して、間違ってたら適当に誤魔化すみたいなノリで生きてた。マネできないけど気楽そうでちょっと羨ましかったりする。ただあのノリは真面目な日本人には無理だね。 x.com/mustafaalyaban…
Ren10i10i インド人の元同僚が言ってたんですが、「何か聞かれたら知らなくても答えるのがマナー」らしいです。知らないからと断るのは不親切で良くないとされているので、例えば場所を知らなくても道を聞かれたら適当に指さして教える方が親切で良いとされているそうな。ちょっと理解できない感覚でした。
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tokoroten あー、なるほど、「不安耐性の低さ」というのは、「約束重視文化」の裏返しなのか。
>tokoroten: 不安耐性の低い人で組織を作っちゃうと、大本営発表でマネジメントするしかなくなるんですよ。
で、体感的に不安耐性の低い人は6割くらいいるから、普通に人を集めて組織を作っちゃうと、大本営が必要になっちゃう。
だから、採用と組織には最新の注意を払わないといけない。