圈の局所化
圏の局所化(localization)は、「ある射の族を可逆化して,新たな圏を作る」一般的な手法です。以下では,
1. 定義と普遍性
2. Gabriel–Zisman の分数法による構成
3. 局所化函手とその性質
4. 主な例
5. 注意点・応用
の順に解説します。
⸻
1. 定義と普遍性
1.1 「可逆化したい射の族」と局所化圏
• もとの小カテゴリーを C、可逆化したい射の族を $ W\subseteq\operatorname{Mor}(C) とします。
• 局所化圏 $ C[W^{-1}] は,もとの圏 C に含まれる射(=対象間の矢印)のうち,すべての $ w\in W を逆射 $ w^{-1} として“強制的に可逆”にした圏で,次の普遍性を満たします。
1.2 普遍性(universal property)
局所化圏 $ C[W^{-1}] と,もとの包含(局所化)函手
$ Q : C \;\longrightarrow\; C[W^{-1}]
は,次の普遍性を満たします。
1. 可逆化性
$ \forall\,w\in W,\quad Q(w)\;\text{は可逆(同型)になる}.
2. 普遍性
任意の圏 D と,C から D への函手 $ F:C\to D で,すべての $ w\in W に対して F(w) が可逆となるものがあるとき,ただひとつの函手 $ \widetilde F:C[W^{-1}]\to D が存在して図式を可換にします:
$ \begin{CD} C @>Q>> C[W^{-1}] \\ @V F VV @VV \widetilde F V \\ D @= D \end{CD} \quad,\quad F = \widetilde F\circ Q .
すなわち「W を可逆化するように唯一に延長できる最初(initial)的な対象」が局所化圏です。
⸻
2. Gabriel–Zisman の分数法による構成
一般には,単純に「射を逆にする」だけでは圏が作れないので,分数法 (category of fractions) と呼ばれる手続きが用いられます。
2.1 射の表現
• $ C[W^{-1}] の射は,もとの圏 C の射を「右からの W-射の逆射をはさむ」形で表します。具体的には,
$ \text{射 }(x \xleftarrow{w} y \xrightarrow{f} z)
を象徴的に「$ w^{-1} \circ f」とみなします(ただし $ w\in W)。
2.2 同値関係
• ただし,異なる分数表示が同一の射を指す場合があるので,ある種の同値関係を定義します。
• 同値を取ったうえで,分数の合成を定義し,実際に圏の公理を満たすようにします。
2.3 存在条件
• 分数法が成立するためには,W が 右分数条件 や 左分数条件 を満たす必要がある場合があります。
• たとえば任意の可換図式
$ \;x’\xleftarrow{w’} y’ \xrightarrow{f} z\;
の右分割(共絞り込み)的な存在を要求するなど。
• しかし Grothendieck トポス論で使う種の局所化(シェーブ化や反射サブカテゴリーとしての局所化)では,より圏論的に簡潔な「反射サブカテゴリー (反映的部分圈)」的構成を用いる場合もあります。 ⸻
3. 局所化函手とその性質
3.1 局所化函手 $ Q:C\to C[W^{-1}]
• 疎移植(fully faithful) とは限らず,ある条件下で Q はフル埋め込みや反射的埋め込みになることがあります。
• 反射局所化(reflective localization)と呼び,包含函手に左随伴を与えることで局所化を実現する方法もあります。
3.2 局所化の普遍的性質
1. 普遍性(上記の可換図式)
2. 射の可逆化:Q(w) は同型
3. 最小性:$ C[W^{-1}] は,W を可逆化する任意の圏への函手を通す最小構成
⸻
4. 主な例
1. 同値射を可逆化 → 同値類化
• 同型だけでなく,ある「同値的な射」の族を可逆化して,同値圏を得る。
2. ホモトピー圏
• トポロジーの category of topological spaces において,ホモトピー同値を可逆化 → ホモトピー圏 $ \mathbf{hTop}。
3. 導来圏 (derived category)
• 加群の複chain complex 圏に対し,「準同型(quasi‐isomorphism)」を可逆化 → 導来圏 D(A)。
4. 層化 (sheafification) の局所化
• 「前層圏 $ \mathrm{PSh}(C) から,層化によって“局所的に同値とみなす”射 W(被覆族を同型視する射)を可逆化 → 層圏 $ \mathrm{Sh}(C,J)」。
• ここでは分数法ではなく,左完全反射サブカテゴリーとしての局所化函手(層化 functor)が用いられる。
⸻
5. 注意点・応用
• 分数法による局所化は一般に圏を“大きく”し過ぎる危険があり,集合論的注意 が必要。
• 反射的局所化(左反射子を持つ inclusion)では,構成がより制御しやすい場合が多い。
• 局所化は,圏論的局所化とも呼ばれ,モデル圏構造や高次圏の homotopy theory にも拡張される基本技法です。
⸻
まとめ
圏の局所化は,「特定の射の族を最小限に可逆化し,普遍的な方法で新たな圏を得る」手法です。かつては Gabriel–Zisman の分数法で実装されましたが,Grothendieck トポス論やモデル圏理論では「反射サブカテゴリーとしての局所化」が多用され,より圏論的・構成的に扱いやすくなっています。