星が動けばこれから起こることが分かるだろう
https://www.youtube.com/watch?v=iyIaweKZvcM
サーファーたち見送る
Ocean Liner to nowhere
打ち寄せる波は nova
波止場の女たちのカフスが
風に揺れる
船出に沸き立つ群衆の声を掻き消し
祝砲をあげろ Harbor
その時人知れずに水夫が囁いた
「港を出たら針路を変え
この船は砂漠の方角へ向かい
期待と船体 打ち捨て
風が凪いだら海底に沈めろ」
Last Cruise,
that day and that night...
Last Cruise,
that day and that night...
Last Cruise,
that day and that night...
Last Cruise,
that day and that night...
誰もが忘れた船の名は
Yellow Magus
東方で行方知れず
彼らに祈りの十字も切られないまま
覚えているのは
行先を告げるように
5色の嘴 もたげてた あの姿
「終わりの来ない旅なら
まぼろしに留まることと同じに
気付けよ 星が動けば
これから起こることが
分かるだろう」
Desert Song, Desert Song
フィナーレを迎え入れてくれ
See the Light, See the Light
砂の上を走る鬼火たち
光 宿し うごめいている
帆を下げ 陸に上がれ
帆を下げ 砂漠へ行け
帆を下げ 朝まで
...砂巻き上げて何かがやってくる
Desert Song, Desert Song
フィナーレを迎え入れてくれ
今夜中に砂漠へと渡り
See…
髙城 最近、聞いてびっくりしたのが……あのアルバムのミックスで、はしもっちゃん(橋本)はSEを色々と混ぜ込んでいて、風呂に潜ってブクブクブクって溺れる音とかを使っているのは知ってたんですけど、実ははしもっちゃんがお父さんと電話してるときの音とか、お母さんが晩ご飯をつくってるときの音とかを隠し録りして、それも、全部、ねじ込んでるっていう。
――どういう意図で?
橋本 記録として残しておきたかったっていうか……あのアルバムはポップな曲が多いけど、それだけではない重さを持った音楽だからこそ、そういう音を入れておきたいと思って。
荒内 そうそう。そして、今までの"海"は、物語の舞台として扱いやすいところだったと思うんですよ。一方、"砂漠"は……。
――海が多くの文学を生んできたのに対して、砂漠は未だに非文学的な場所としてあり続けているよね。もちろん、それは西洋を経由した視点ではあるけれど。あるいは、砂漠がない日本でも、安部公房の『砂の女』のような名作が生まれている。 髙城 「砂の味を知らなければ希望の味も分かるまい」、だ。
荒内 あれは砂漠を閉塞的な現代社会のメタファーとして扱っていると思うんですけど、そういう場所で何か新しいことを始めるには魔術的にならざるを得ない。「Yellow Magus」の"Magus"は"Magic"の語源で、ceroがブラック・ミュージック的なアプローチを試みることにしても、僕たちはもともとそういった出自ではないし、素養もないから、やっぱり、魔術の力を借りるしかないなと。
魔術の力を借りるしかない