マテリアルデザイン
1920年代中頃に確立された量子力学は,物質のミクロな振る舞いを記述する基礎原理である。現在,さまざまな物質の性質・現象を,量子力学に基づいて統一的かつ体系的に理解する営みが続けられている。いっぽうで,それらの知見を生かして新規な機能性材料を設計する試みも広がりつつある。この試みはマテリアルデザインともよばれている。 機能性材料には,複雑な有機化合物や,不純物添加(ドーピング)した半導体がある。それらの構成元素の同族原子置換もしくは不純物・格子欠陥の導入は,しばしば機能発現に決定的な役割を果たす。そのような機能の予測には,単純なモデル化や数理的な手法を適用しにくい場合が多い。基礎原理に基づいた機能性材料の設計には,計算機による物質の電子状態の数値計算が欠かせない。 物質の電子状態を精密に解く研究は,分子科学の分野で先行した。量子化学として知られる研究領域では,経験によらず十分な信頼性をもって,数原子程度の小さな分子のさまざまな物性を正確に計算・予測できる段階に至っている。固体の場合は無限個の電子を扱う必要があるが,結晶構造がもつ周期性を利用し, 1964年にW.コーン (W. Kohn) らが開発した密度汎関数法を併用すると,実用的な計算精度が得られる。密度汎関数法では,クーロン斥力で避け合う固体中の電子の運動を直接記述せずに,有効ポテンシャル関数で近似する。基礎物理定数からダイレクトに電子状態を求める手法は,第一原理計算とよばれる。これは現在も開発途上であるが,物質科学・材料科学において広く用いられている計算手法になっている。
近年では,データベース的な手法もよく用いられる。物質を構成するパラメーターである原子,結晶構造,および不純物(添加物)は広範にわたり,その組み合わせは膨大な数に上る。限られた精度の第一原理計算を活用し,コンピュータを使った統計処理を用いて望みのパラメーターの組み合わせを絞り込む。
固体化学研究室では,希少元素代替・元素戦略をキーワードに,新規透明電極材料の開発を進めている。不純物添加した半導体は,無限系としての固体と有限系としての不純物(ドーパント)を考慮する必要があり,高度な計算を要する。これまで,ニオブ,タングステン,フッ素などの添加が二酸化チタンの電子状態や結晶構造に与える効果の微視的機構を明らかにした。現在では,軽元素で構成される新規材料設計を目標に,酸化物や酸窒化物の電子状態や結晶構造の計算を行っている。また,イオン伝導性材料やスピントロニクス材料などの設計指針の構築にも取り組んでいる。
物質の設計。