『すばらしき世界』
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常に人間の心の奥底までレンズを向ける西川美和監督と、
長年にわたって数多くの異なる魂を表現してきた名優・役所広司の出会いは、
それだけですでに観る者の心をときめかせる。
果たして、
映画が始まってものの数分で、
私たちは役所広司という俳優ではない、
不遇な生い立ちを背負った一匹狼の元やくざ、三上という生々しい生き物を目にすることになる。
表情や目つき、わずかな手の動きや仕草で
主人公の人生の履歴を余すところなく表現してしまう
役所広司の驚くべき説得力にあらためて感服した。
更生と救いに至る険しい道のり。
互いに衝突する個人の本性と社会の束縛。
この不滅の主題の中心に向かって歩を進め、探求を深めていく西川監督の力強い足取り。
その歩幅は広く、果敢だ。
さらに驚くべきことは、
主人公を見つめる冷静でありながら、同時に人間的な眼差しである。
監督と映画は決して三上という人物を正当化、または合理化しようと努めない。
その冷静さの中でも、私たちには同時に三上への強烈な憐憫の情が湧いてくる。
なぜそれが可能になるのか?私には知り得ない。
映画の不可解な魅力だと言うよりほかないだろう…
とにかく私たちはその過程で、アジアの大俳優・役所広司がある若い男の脇腹を食いちぎりながら
爛々と目を輝かせる、奇異な名場面も目撃することになる。
常に繊細ながらも卓越した西川監督の映画的な息づかいに
佐木隆三原作のエネルギーと笠松則通撮影監督のタッチが加わり、
さらに生き生きとした映画的な迫力とニュアンスを湛えた作品が完成した。
世俗的な人間の不安定な肖像を見事に演じた仲野太賀、長澤まさみ。
そして、三上を応援しながら助ける小市民の温かい姿を見せてくれた助演俳優たち。
俳優たちの調和のとれたアンサンブルを作り上げた監督の思慮深さ…すべてが輝いている。
特筆すべきことは、
このすべての映画的な結実を積み重ね、監督がさらにもう一歩踏み出している点だ。
ついに三上が社会の一員として適応していく心温まる後半部を迎えたとき…
監督はあらためて問う。はたして私たちが生きるこの世界が適応すべき価値のある場所なのか?と。
ネタバレを避けるため、ここで筆を擱かなければならないが、
とにかく、実に深く、遠くまで進んだ映画だ。
西川監督と製作陣の皆さまに尊敬と感謝の気持ちを送ります。
ポン・ジュノ(映画監督)