日本語ラップの現在 舐達麻 激しさの奥に潜む哀愁
地元埼玉・熊谷の現実を詞に乗せ、日本のラップミュージックの表現を更新し続ける
ならず者の日常
「バール買いに行かせた今藤/仕事バックれた高橋/借りに行かせた武富士」というラインで始まる「FLOATIN'」は、彼らが実際に服役した金庫破りについてラップした曲といわれるが、登場人物の名前が「今藤」と「高橋」でなければ「武富士」と韻を踏むこのラインは成立しただろうかと思わせる独特の緊張感が印象的である。素行の悪さを平然と綴(つづ)るストーリーテリングと、そのリリック(詞)に仄(ほの)かに漂うロマンティシズムはサグ(ならず者)として生きる日常をリアルに描き出している。 サグライフはヒップホップの黎明(れいめい)期以来、リリックの主要なトピックであり続けてきたが、それが典型的なイメージとして定着したのが1980年代後半に米西海岸で興隆した「ギャングスタ・ラップ」である。暴力を礼賛するかのような内容は黒人コミュニティー内でも論争を呼び起こす一方、ヒップホップがメジャーな音楽シーンに台頭するきっかけにもなったのだ。 過激で直接的なリリックが特徴のギャングスタ・ラップは、技巧的でウイットに富んだニューヨークのヒップホップを愛好するコアなファンからは蔑まれ、ジャンルの退化とみなすものも多かった。だが、ライターの長谷川町蔵が正しく指摘するように、それまで「喜怒」を中心に組み立てられたラップのメッセージにギャング特有の「哀愁」が加わった点で、むしろ詩的表現の幅は広がったともいえる。それはアメリカのラッパーがしばしば好んで言及する映画「スカーフェイス」や「ゴッドファーザー」などにも通底するリリシズムだといえるだろう。
舐達麻の多くの曲を手掛けるプロデューサー、GREEN ASSASSIN DOLLARのメローなトラックはそうしたメランコリーを最大限に引き出し、リリックに頻出する「煙」と同様、蜃気楼(しんきろう)のように揺蕩(たゆた)いながらふいに「リアル」を覗(のぞ)かせる。 「疑い深くなる世の中/NujabesにTOKONA-X/受け継いだ血/ここは048」(「100 millions=Remix」)のラインでは、夭逝(ようせい)した2人の日本のヒップホップの先行者に敬意を払いつつ、それを熊谷市の市外局番に重ねる(a・chiで中間韻を踏む)ことで、サグとして地元でラップする覚悟が語られる。 2019年にリリースされた最新アルバム「GODBREATH BUDDHACESS」の冒頭を飾る「GOOD DAY」はその意味でギャングスタ・ラップの名作を想起させる。92年に発表されたアイス・キューブの「It Was a Good Day」は「俺の知る奴は誰ひとりとして殺されなかった。今日はいい日だ」というラインにもかかわらず、最後にそれが実在の一日ではなく「夢落ち」が暗示される曲として知られている。
希望をかき集め
それに対して舐達麻の「GOOD DAY」は、交通事故で失った仲間の喪失感を中心に据えた曲である。「何度願った時間よ戻れ/頬つたう六月の雨/失うことの怖さ知った過去/思い出と語れど届かない声」。アイス・キューブの曲が最後に「夢」の可能性に言及することで逆説的に「Good Day=いい日」が滅多に訪れない絶望の深さを表すとすれば、舐達麻は仲間の死という悲劇と向き合いながら、それでも「いい日」を必死にかき集め、手繰り寄せようとする。
こうして「GOOD DAY」はギャングスタ・ラップの名曲への、太平洋を隔てた国からの30年越しのアンサーとして聴くことができる。舐達麻の曲に潜むポエジー(詩情)は、日本のラップミュージックの表現を確実に更新したといえるのだ。
(ポピュラー音楽研究者)