定位感
オーディオ分野では、定位とは音像の位置が上下前後左右に定まって聴こえる音像定位を指す。
オーディオの定位について調べる前に、人が、実際の音源の方向や距離をどのように認識するのか、これまでに分かっていることを調べてみた。聴覚に関わる疾患・障碍や危険対策のための支援デバイスに応用可能であり、また、脳研究でも、視覚に次いで聴覚はよく研究されていると思われるので、比較的よく分かっていると思うのだが、定位感については、それほど情報が豊富というわけでもないようだ。
上記の参考リンクによれば、人は、左右の定位感を得る上で、左右の耳に到達するわずかな音の違い、具体的には、両耳間音圧差(interaural level difference: ILD)や両耳間時差(interaural time difference: ITD)、その他の特徴量としてスペクトル・キュー(spectral cue ※)を利用しているとされているようだ。
人は、音の周波数によってILDとITDを使い分けている。高音は、頭部により遮られて左右の耳に音圧差が生じ易い特性を持つことから、人はILDを積極的に用いるようだ。一方で、低音は頭部を回り込むため左右の耳で音圧差が生じにくいことから、到達時間差であるITDが用いられる。
スピーカーの構造設計にも関係があるので、上記の周波数の違いについて補足すると、周波数よりも波長に直すと理解しやすくなる。たとえば、2kHzの高音であればその波長は室温で17cm程度となり、人の両耳間のサイズ(左右で15±5 (cm)程度)と同等のサイズとなる。
したがって、1kHz以上の高音域の音は、頭部を回り込みにくく(回折が生じにくく)なり、直進性が高くなることから、音源の位置が左右に偏っていると、反対側の耳では高音は頭部で遮られて音圧が低下する。
2チャンネルのステレオ・オーディオであれば、2台のスピーカーを左右に配置して、疑似的に音場を再構成する。
左右の定位感は、ILD/ITDの再現するという説明である程度理解可能であるが、前後、上下となると、難しくなる。
前後は、相対的な前後位置であれば到達時間の差として前後関係を再現できるが、絶対的な前後位置を表現するのは難しい。同じ音源を同じ位置に設置したスピーカーから聞いても、スピーカーの種類によっては、ボーカルの位置を近くに感じたり、遠くに感じたりするから複雑である。
以下は、前後(遠近)に関わる定位感についての私の初期の考察である。
スピーカーを二等辺三角形の底辺側の角に配置し、聴き手を頂点に配置したとすれば、聴き手からスピーカーまでの距離を半径とする同心円上のスピーカー間の円弧に音場が形成されると考えるのが妥当である。
その円弧より前後に定位する音は、実際にその位置で発生した音とは異なる。左右のスピーカーから発せられた音は、人の頭部や耳の形状などの効果によるILDやスペクトル・キューを正しく再現することができない。また、音の到達時間については、スピーカーの設置場所が同じであれば、ほとんどスピーカーで差異が生じない。
ところが、実際のところ、Fostexなどの一部のスピーカーは、ボーカル等の音像が他のスピーカーに比べてかなり手前に定位する。なので、(録音やアンプなどの違いを無視して、)スピーカーの違いだけに注目すれば、他のスピーカーよりも手前に定位するスピーカーは、近くから聴こえる音が頭部や耳を介して生じる「歪み」を疑似的に強調して再現しているのではないかと思われる。
具体的にどのように歪ませれば遠近感を操作可能なのかは、スペクトル・キューや部屋の音響などについてもっと詳しく理解してからでないと把握できないように思う。
2チャンネル構成でも上下の定位感が得られるようだが、私の手元環境ではほとんど上下の定位感を得られないのと、遠近感に対する考察が十分に進んでからでないと考察のしようがないことから、上下の定位感については当面考察の対象外とする。
※spectral cueの国内表記はスペクトラルキューのようだが、「スペクトル上に書き込まれたキュー(合図。きっかけ、手がかり、ヒント)情報」として使われるので、暫定的な訳語として、スペクトル・キューを用いることにした。(ソーシャルダンスやフィナンシャルプランナーなど、-cialをそのままカタカナ表記することに違和感はないものの、学術用語として使うのはちょっと違和感あるため。ただ、今後、調査が進み、スペクトラルキューが正式な用語として用いられていると分かれば、混乱を避けるためにスペクトラルキューに修正する。)