20201013
同一労働同一賃金 最高裁判決について
安藤至大.icon非正規労働者にボーナスや退職金が支払われないのは、労働契約法旧20条に反する不合理な格差か?
1、裁判の概要
大阪医科薬科大学の元職員
元職員は時間給で賃金が支払われるフルタイムの勤務。教員のスケジュール管理や電話対応をした。3年間在籍した。賞与(ボーナス)が支給されないのは労契法旧20条が禁止する不合理な格差に当たるとして大学を提訴した。
一審の大阪地裁は、正規雇用職員への賞与は「長期雇用を想定している」として労契法旧20条違反には当たらないとした。
二審の大阪高裁は正社員の6割の支給を認定。双方が上告した。
東京メトロ子会社メトロコマース元契約社員
契約社員の退職金の不支給が争点。1年契約で更新あり、実際に定年まで働いた。
二審東京高裁は正社員の4分の1を認めた。
退職金は長年の勤務に対する功労報償の面がある。一切支給しないのは不合理という理由。
15日には、日本郵便の3件
高裁では、年末年始勤務手当、夏季冬季休暇、扶養手当を認めるかで判断が分かれており、統一判断が示される見通し
2019年1月の大阪高裁判決。年末年始手当てなどの4項目は、雇用期間が5年を超えた場合は不合理とする新基準が示された。これを最高裁がどのように判断するのか。
2、同一労働同一賃金に関する最近の最高裁判例
2018年6月の最高裁判決
長澤運輸事件とハマキョウレックス事件
長澤運輸事件
正社員と定年後の再雇用労働者(嘱託)の違い
定年後再雇用労働者も有期雇用なので労働契約法第20条の適用がある
賃金項目の趣旨を個別に判断すべき
精勤手当については正規と有期雇用労働者の間で扱いを変えるのは不合理
それに影響を受ける時間外手当の基準も変更すべき
能率給や職務給については、その他の条件で有期契約社員の方が優遇されているポイントもあり不合理ではない
ハマキョウレックス事件
正社員と有期契約社員の待遇格差
住宅手当は、正規は転居を伴う配置転換が予定されているため、違いがあり、それにより労契法20条違反にはならない
皆勤手当・無事故手当・作業手当・給食手当・通勤手当については、正社員にのみ支給するのは違法
重要なのは、全体でバランスが取れていれば良いわけではなく手当てなどを個別具体的に検討して、不合理な差があるかどうかを検討している点
今回は、賞与・退職金・手当・休暇の4つについて、同一労働同一賃金が問われている。
13日の判決は賞与と退職金という、大きな金額が動く事項が対象。
3、今回の最高裁判決について
ボーナスや退職金について同一にせよとの判断が出るか?
どちらについても不合理とは言えないとの判断が下された。
大阪医科薬科大学については裁判官全員一致
メトロコマースについては反対意見あり
評価は?
妥当な判断と考える。
手当てなどを個別具体的に判断して、その対象者が限定されることの是非を考えるというこれまでのアプローチは変わっていない。
そもそも職務の内容や職務遂行能力が異なる点が重要。
ボーナスや退職金の機能を考えると、支給しないことが不合理とは言えないという判断。ただし、これは支給しないことが合理的というのとは違う。支払っている企業もあるし、現在支払っていないが支払った方が良い企業もあるはず。
仮に高裁判決が維持されたり、より強い形で「同一」にせよという判断がでたら、影響はどうだった?
そもそも高裁レベルで出されたボーナスは6割、退職金は1/4などという数字は、今回の事例についてのものであり算定の根拠となる計算式が明確ではない
他の雇用関係についてはまた異なる数字になるはず。まずは今回の数字を基にした企業内部での争いが増え、またその後に裁判に訴える争いが増える結果になる。
仮にボーナスや退職金について支給しないことが不合理とされたら、様々な副作用が予想される
使用者は仕事の切り分けや明確化を行い、労働者に対して「違う仕事」であることを明示する
労働者にとってストレッチの機会が減り、職種や採用区分が変換されるチャンスも減る
労働者間の協力なども抑制される
中長期的には、(名目金額での不利益変更は難しいので)労働条件を名目的には正社員のみ引き上げず、非正規を少し上げて調整する
実質的には正社員の引き下げと非正規の維持
正社員を下げる方向で同一に
景気の良し悪しなど様々な経済環境に応じて、労働者は採用のタイミングにより異なる処遇を受けている可能性
不利益変更の禁止から、景気が良い時に好条件で雇った労働者と景気が悪い時に普通の条件で雇った人には条件差がある
同一労働同一賃金を実現するためには、賃下げも含む労働条件の市場決定が必要だが、それは難しい
4、賞与や退職金の機能とは
そもそもボーナスとは
単に定められた業務をこなす労働者ではなく、会社の「メンバー」に対する利益分配
企業業績に影響を与えるような努力を求められ、配転や転勤、時間外労働を求められることが多い
確実に支給されるとは限らず、企業業績によっては毎月の賃金よりも先に削減対象となることもあるバッファー部分
一定の係数で支給されていることもあるが、企業業績によっては賞与の金額が変わる可能性はあるし全額カットされることもある
ある意味では一蓮托生の関係の労働者に支払われる
労働者に対して、モチベーションの向上や離職抑制など様々な機能を持つ
どのような労働者に対してモチベーション向上を求めるかは、ある程度以上は経営判断の問題
退職金とは
実質的には賃金の後払い
長期的な雇用継続へのインセンティブ
やはりどのような労働者に対して雇用継続を求めるかは、不合理でない限りは経営判断の問題
5、今回の判決を受けて、企業経営者や人事担当者へのコメント
企業は、今回の判決を受けて、非正規雇用労働者には賞与や退職金は不要だと軽率に判断しないでほしい
そもそも労働法では、正規雇用労働者に対しても、賞与や退職金は必須ではない
設定しなくても違法ではない
賃金は、毎月1回以上・直接・通貨で支払う必要があるし、時間外労働などの割増賃金も法定であるのとは違う
しかし正社員に対しては払っている企業が多い
労働者の努力を引き出すことや雇用継続のインセンティブとして
他社も同様の条件を提示しているので、提示しなければ人材確保ができないから
非正規に対しても人材確保の観点から支払っても良いし、支払っている企業もある
今回の判決を基に、非正規には支払わないと決め付けるのではなく、労働者が納得感を得られるような報酬体系を考えるべき
他企業との間で人材確保の競争がある
能力が高くても、様々な事情で、フルタイムの正社員として働けない労働者もいる
人手不足の時代には、このような労働者にも意欲を持って働いてもらう必要がある
同一企業の中でも納得感がなければ労働者は働かない
もちろん非正規に手厚すぎても正規が不満
労働者に対して、仕事内容の位置づけや貢献度に関する情報提供も重要
今回、非正規雇用労働者側は正社員と同じ働き方をしていたと認識していたが、そうではないと認定されている
同一労働同一賃金に関する争いについては、そもそも本当に同一労働かというところに見解の相違がある
なぜか
人間は自分を過大評価、他人の見えない努力を過小評価しがちな傾向がある。そのことも一部反映されているのかもしれない
今回も大阪医科大学について「簡便な作業」との記述あり
他部門への異動や責任についても違いあり
第一審原告の欠勤後にフルタイムとパートで対応したが恒常的に手が余っていた
企業が正社員を雇う際には、宝くじを買っているような要素がある。正社員の中には、とても活躍する人もそうでない人も混ざっている。有期雇用の非正規労働者については、現在の活躍を評価して採用している。活躍していない正社員よりも自分の方が貢献していると思いがち。 (参考: 非正規雇用労働者と正社員登用) 企業はどうすれば良いのか
同一労働同一賃金のルールにもある説明を丁寧に行う。他の労働者と比べて、どの程度の仕事を担当しているのかを労働者本人にできるだけ正確に伝える
リップサービスとして、本当はそれほどでもないのに「正社員と同様に活躍している」などと本人に言わない
(それに伴う責任の重さや働き方の変化などについても丁寧に説明した上で)正社員への登用制度を活用する。それにより正社員に求められている能力と現状について理解してもらう。登用試験にパスしなかった労働者に対するケアも十分に行う。
今回の判決において、登用制度についての言及があるが、登用制度があるということは登用前の非正規と登用後の正規との間に仕事内容や責任についての差があることの傍証となる
法律で求められているのは最低限度の基準を満たすこと
法律を満たしていればそれで良いわけではない
使用者側は、どのような処遇をすれば労働者が気持ちよく働けて成果が出るのか、それにより利潤が上がるのかを考えて、その結果として実施される人事労務施策が労働法の条件結果的に満たしていたというのがベスト
諸手当や賞与、退職金などの支払いが増えても、それを超えて業績が向上するなら正規・非正規を問わずに必要な施策をとるべき
最後に、同一労働同一賃金は、正規と非正規の間の不合理な差異についてのもの
現場では、正社員の中に無限定型と限定型があっても、その間での均等・均衡は法による規制はない
しかし多様な正社員の活用は企業にとっても重要な課題
正規雇用労働者の中でも、今後は処遇のバランスが問われることに