ゲノムインプリンティング
alias: ゲノム刷り込み, 遺伝子刷り込み, 遺伝子のすりこみ
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source: Genomic Imprinting
ゲノム刷り込み - Wikipedia
ゲノム刷り込みまたはゲノムインプリンティング (英語: en:genomic imprinting,稀にgenetic imprinting)は、遺伝子発現の制御の方法の一つである。一般に哺乳類は父親と母親から同じ遺伝子を二つ(性染色体の場合は一つ)受け継ぐが、いくつかの遺伝子については片方の親から受け継いだ遺伝子のみが発現することが知られている。 このように遺伝子が両親のどちらからもらったか覚えていることをゲノム刷り込みという。
ゲノム刷り込みと疾患
一方の親から受け継いだ遺伝子だけが選択的に発現することは、利用できる遺伝子が一つしかないため受け継いだ遺伝子に欠陥があった場合にそのバックアップがなく、流産または遺伝子疾患になってしまうことがある。
よく知られた例がPrader-Willi症候群であり、15番染色体にある遺伝子(セロトニン受容体かその近傍の遺伝子と考えられる)が父親由来の遺伝子のみが選択的に発現するため、父親の遺伝子に欠陥があった場合に(母親が正常な遺伝子をもっていても)、正常な個体発生ができなくなり、精神遅滞や生殖器の発生異常等の障害をもって産まれる。
ゲノム刷り込みの必要性
上記のような問題点があるにもかかわらず、なぜゲノム刷り込みが必要であるか(なぜ哺乳類に備わっているか)については、いくつかの仮説が唱えられている。
仮説の一つとして、「単為発生を防ぐため」というものがある。この仮説のように「これこれのため」という目的説の妥当性は別として、ゲノム刷り込みがあるせいで哺乳類では単為発生が起こらないことは事実である。
仮説の一つとして、「全ての遺伝子を発現させるためだ」というものがある。この仮説に従えば、哺乳類のように高度に発達した生物に進化するには、ゲノム刷り込みが必要だったことになる。逆に言えば、ゲノム刷り込みがあったからこそ、哺乳類は(部分的に発現しない遺伝子をもって個体発生が成功するような危険を冒さずに)高度な個体組織をもつように進化できたことになる。
ゲノム刷り込みは、個体発生や胎盤形成と密接な関係があることもわかってきた。なお、ゲノム刷り込みが起こるのは、有袋類と有胎盤類である。単孔類は違う。また、有袋類と有胎盤類のあいだで、ゲノム刷り込みの機構は大きく進化した。
ゲノム刷り込みの機構
ゲノム刷り込みは分子生物学的な表現ではDNAのメチル化による転写調節異常とされている。その機構はほぼ解明されているが、非常に複雑である。
DNA配列自体には明らかな特徴がないため全ゲノム中でどの程度の遺伝子がこの作用をうけているのかは分かっておらず、現在知られているものはほぼ全て偶然発見された遺伝子である。
ゲノムインプリンティングとは? 遺伝学電子博物館
ヒトをはじめとする哺乳類はすべて父親と母親に由来する一対のゲノムを持っている。従って、常染色体上のすべての遺伝子座に一対の対立遺伝子があり、通常それらはともに発現して個体の発生や生体の営みを調節している。
哺乳類では単為発生が致死であること、特定の染色体が片親に由来するダイソミーに異常がみられることからわかるように、正常発生には父親、母親由来の両方のゲノムが必須である。実際、哺乳類の常染色体には一方の対立遺伝子だけが発現する遺伝子座があり、これが父親、母親由来ゲノム間の機能的な差をもたらしている。つまり精子や卵子の形成過程において何らかの形で遺伝子に「しるし」あるいは「記憶」が刷り込まれ、そのしるしにしたがって子での遺伝子発現が生じる。これがゲノムインプリンティングまたはゲノム刷り込み(genomic imprinting)である。
インプリンティングは遺伝情報に恒久的変化を与えず、世代ごとに新たにプログラムされるので、遺伝とは異なるエピジェネティック(epigenetic)な現象である。
父親母親由来ゲノムの役割分担 遺伝学電子博物館
卵が受精することなしに単独に発生することを単為発生(parthenogenesis)とよぶ。自然界では鳥や爬虫類を含む多くの脊椎動物で単為発生がみられ、形態的にも機能的にも正常な個体を作りうるが、哺乳類においてはその例がない。たとえばマウスの未受精卵を人為的に刺激し、細胞分裂阻害剤で第二極体の分離を阻害して二倍体の単為発生胚をつくることができるが、これはすべて妊娠中期までに死亡してしまう。これはマウスの正常発生に精子(父親)由来ゲノムが必須であることを示唆している。
マウスの父親・母親由来ゲノムが機能的に不等価であることは、受精卵の核移植(nuclear transfer)の実験でさらに詳しく明らかにされた。すなわち受精卵では精子、卵子由来の核がそれぞれ雄性前核、雌性前核として観察されるが、微細なガラス針を使って一方の前 核を除去し、別の受精卵から採取した前核を移植することができる(図1)。このような再構成実験の結果、二倍体の雄核発生(andorogenesis)や雌核発生(gynogenesis)の胚もやはり子宮内致死であった。これから、両親由来ゲノムには何らかの違いが刷り込まれていると考えられる。
これらの胚の形態を観察すると、母親由来ゲノムだけを持つ単為発生胚と雌核発生胚は、胚体の発達は比較的よい(ただしサイズは小さい)が胎盤の栄養膜の発達が非常に悪い。逆に父親由来ゲノムだけを持つ雄核発生では、栄養膜はよく発達するのに対し胚体は貧弱なものしか観察されない。よって父親・母親由来ゲノムには対極的な働きがあり、父親由来ゲノムは栄養膜の発達に、母親由来ゲノムは胚体の発達に必須である。
ヒトの雄核発生は異常妊娠産物である胞状奇胎(hydatidiform mole)を生じるが、これは栄養膜が異常増殖した絨毛の変性塊であり、マウスの表現型と矛盾しない。また卵巣で未受精卵が単為発生すると奇形腫(teratoma)を生じ、さまざまな分化した組織像を呈する。よって哺乳類では両親由来ゲノムの役割が種をこえて保存されている。
単為発生胚や雄核発生胚に由来する細胞を正常胚細胞と混合しキメラ(chimera)胚を作成すると、正常細胞がこれらの細胞の欠陥をある程度補償するので、さらに詳しく分化能がわかる。
その結果
(1)単為発生細胞を含むキメラは正常胚より30~50%程度小さく、雄核発生細胞を含むキメラは同程度大きい
(2)単為発生細胞は生殖細胞、脳、心、腎、脾などで高い寄与率を示すが、骨格筋、肝、膵には分化できない
(3)雄核発生細胞は骨格筋、心、骨などに寄与するが脳での寄与率は低い
などがわかった。このように父親・母親由来のゲノムは胚の成長や各細胞系列の分化・増殖を調節している。