アンカード・インストラクション
この理論のイメージは、「学習した知識」と「それを学習した状況」を「錨(いかり)でつないでおく」という感じです。アンカードインストラクションでは特に、「学習した状況」を「現実世界」に近づけることを目的とします。これによって、「学習した知識」と「現実世界に近い状況」が結びつき、知識を頭の中からひっぱりだしやすくするということを狙っています。
つまり、誤解を恐れずヒトコトで言うと、アンカードインストラクションとは、学習の状況をより現実世界に近づけることで、学んだ知識をさまざまな状況で使えるようにするということを目的とした方法論と言えます。
アンカードインストラクションは認知心理学者であるブランスフォードらによって考案されました。 これを考案したブランスフォードは、元々「不活性な知識」を「いかに活性化させるか」という問題意識を持っていました。「不活性な知識」についてはBeating第16号「認知的徒弟制」の回で少し説明しましたが、「ある知識、ある公式」を知識として知っているのだけれど、使うことができないという状態を表しています。 こういった不活性な知識を活性化した知識にするために、ブランスフォードは、知識を学ぶときの状況に注目します。さきほどの例で言えば、「ある公式」をどのような状況で学んだのかということです。
この実験では、ある理科の教科書を子どもたちに読んでもらう際に、「事実中心学習」をするグループには、「出来るだけ多く教科書の内容を覚えてくれ」と言い、「問題中心学習」をするグループには、「自分がアマゾン川を下るときに何が必要かということを想像して読んでくれ」と言いました。
そして、その2つの群の子どもたちに教科書に書かれていることを説明してもらったのですが、このときに問題中心群、つまり、知識を使う場面を想像して読んだ群のほうが教科書の内容を非常によく覚えていたのです。
ここでポイントとなるのは、「同じ教科書」つまり「同じ知識」を学習するとしても、それを「事実として学ぶ」より「知識を使う場面に結びつけたような形」で学んだ方が、知識をちゃんと使うことができたということです。
つまり、出来るだけ実際の問題解決に近いような文脈で学習をしたほうが、その知識を柔軟に適用できるのではないかという結果が出たのです。
ここでもう一度アンカードインストラクションについて振り返ると、ポイントとなるのは、「学習を、より現実の問題解決場面に近い状況ですることにより、知識をさまざまな場面で使えるようになる」ということでした。
ということは「じゃあアンカードインストラクションを使おう」となった場合、「より現実の問題解決場面に近い状況や文脈を作る」ということになります。
こういった状況の中で作られた教材が「ジャスパープロジェクト」です。
ジャスパープロジェクトとは、ビデオ教材で、全体が12話の構成となっています。このビデオは、主人公ジャスパーが日常生活で起こりそうな様々な問題に直面するというストーリーになっています。こういった問題状況にあるビデオを子どもたちが見て、そこで起こった問題を一緒に解決し、その中で学習をするというのがこのプロジェクトのねらいです。
ジャスパープロジェクトでは、基本となる知識を従来型の学習同様に獲得することができ、さらにその知識を、それを使う場面で適切に用いることができる、ということが明らかにされている
基礎概念の知識獲得について差は見られなかった
数学の基礎概念の手続き的知識である、時間の単位の計算、距離の出し方、面積、体積などの項目についてテストを使って、比較を行なっています。結果は、どちらの子どもたちも差がありませんでした。ジャスパープロジェクトを使った子どもたちは、単元ごとの学習はせず、全てストーリーの中から学習したのですが、基礎概念の知識獲得について差は見られませんでした。
文章題を解く力
よくある文章問題を解いてもらい、正答率を比較しています。結果は、ジャスパープロジェクトを使用した子どもたちのほうが、どの問題についても高い正答率を示しました。
「知識をどのように学ぶか」などの考え方は、教材や学習活動をデザインするうえでのキーとなり得ます。
大きな手間は要りません。また、算数や理科だけでなく、社会や国語、英語でも同様です。みなさんも日常生活の中で、「この状況って学校で習うところでいうと、あの内容と関係しそうだ」などということを折に触れて考えてみてはいかがでしょうか。
こうした「日常生活」と「知識」のツナガリこそが「活性化する知識」を作るタネとなるのです。