4. 認知と感情
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1. 感情とは何か
1-1. 感情研究の興隆
感情
合理的な思考を阻害したり、撹乱したりするものという風潮
西洋哲学に顕著で、西洋哲学の流れを汲む心理学では、理性、あるいは認知こそが人間と他の動物を区別するものであり、心理学が検討すべき"人間の心"だと考えてきた
近年では、むしろ積極的に、認知が感情に、あるいは感情が認知に及ぼす影響が調べられるようになってきた
1-2. 情動、気分、感情
感情(affect)
情動(emotion)
怒り、恐怖、喜びなど、短期的ではあるがより強度が強く、その感情を引き起こした原因が比較的明確なものを言う
生理的な変化を伴う場合も多い
認知との関連性で考えた場合、感情強度の強い情動は、それを経験した途端に意識の中心を占め、思考を中断させて行動を方向づける
情動が生体をとりまく環境の変化を知らせる機能を有しているからだと考えられる
気分(mood)
強度が弱いもの、比較的、長期にわたって持続する感情であり、なんとなく楽しいとか、なんとなく悲しいといった背景的感情を表す
感情強度が弱い気分は、情動のように進行中の思考そのものを中断させるというよりは、むしろそれと相互作用するかたちで、私たちが行う様々な情報処理に影響を与える
1-3. 感情の生起プロセス
感情の抹消起源説(ジェームズ・ランゲ説)
ウィリアム・ジェームズ「われわれは泣くから悲しい、殴るから怒る、震えるから恐ろしい、ということであって、悲しいから泣き、怒るから殴り、恐ろしいから震えるのではない」(James, 1892)
環境刺激はまず身体反応を引き起こし、それが感情経験として知覚されるのだという(James, 1884)
よくにた説が生理学者のランゲによってほぼ同時期に提出された(Lange, 1885)
感情の中枢起源説(キャノン・バード説)
キャノンは、感情の起源を視床と呼ばれる皮質下の領域に求める感情の中枢起源説を唱えた
視床は環境刺激が感情的性質を持つものかどうかを弁別し、感情的なものであれば大脳皮質に送り、それによって感情経験が生じる一方で、視床下部を経由して身体反応も引き起こすという
中枢起源説は、ジェームズらの抹消起源説に対する批判として提出された説だが(Canon, 1927)、意識を伴わない刺激の知覚が、不随意的に身体反応を引き起こすという点では両者の主張は共通している
情動二要因理論
シャクターとシンガーは(Schachter & Singer, 1962)は、感情経験には生理的な喚起とその認知的な解釈(ラベルづけ)の2つが必要だとする情動二要因理論を展開している
この実験で参加者は生理的喚起(心拍数増加など)をもあたらす作用がある薬剤(エピネフリン/アドレナリン)を注射された
情報あり群
注射によって生理的な変化が生じるという情報を正しく知らされたグループ
情報なし群
知らされなかったグループ
結果
どのような内的状態を経験しているか報告するよう求めたところ、そこで報告された内的状態は、その場に同席した別の参加者(サクラ)の様子に大きく影響されたものとなった
また、参加者本人の主観的報告だけでなく、第三者が観察、評価した行動もこのような主観的報告に一致したものだった
これは、薬剤の効果を知らされていない参加者が、内的状態の変化(生理的喚起)の原因を、手近にあるもっともらしい手がかりに誤って帰属したために、生じた現象だと解釈されている
table: 表4-1 誤帰属された感情(Schachter & Singer, 1962)
サクラ 喜んでいる 喜んでいる 怒っている 怒っている
情報 あり なし あり なし
自己報告 0.98 1.78 1.91 1.39
行動指標 12.72 18.28 -0.18 2.28
感情変化に伴う生理的な変化は、多くの感情に共通している
したがって、生理的喚起が生じただけでは、それがどのような感情によって生じたかがわからない
つまり、特定の勘定が経験されるには、その生理的変化の原因を何と考え、どのようにラベルづけをするかという認知が必要だというのが、この理論の主張
情動(感情)の経験には、生理的喚起とその認知的な解釈の2つが不可欠
つり橋効果もこの情動二要因理論で説明が可能
顔面フィードバック理論(表情フィードバック理論)
顔面の表情筋は、環境刺激に対する反応が早く、また感情の種類に応じて分化をしているため、表情筋の変化が脳にフィードバックされることで、感情が経験されるという説もある(Adelman & Zajonc, 1982)
この理論を支持する研究(Strack, Martin, & Stepper, 1988)
実験参加者はペンを前歯もしくは唇でくわえるよう求められた
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前歯で口角があがり、笑いに関係した筋肉が使われる
唇でくわえると、眉間にしわがより、怒ったような表情になる
漫画の評価をさせたところ、ペンを前歯でくわえていた参加者は、唇でくわえていた参加者よりも漫画をより面白いと評価した
漫画という手近でもっともらしい原因に誤帰属をしたために、漫画が面白い/つまらないと評価したのだと考えられる
2. 認知と感情の相互作用
2-1. 気分一致効果
気分一致効果
特定の気分が生じると、その気分の感情価(ポジティブ・ネガティブ)に一致する情報処理が促進される現象のこと
ある実験(Bower, Gillgan& Monteiro, 1981)
実験設定
催眠によって実験参加者をポジティブ/ネガティブな気分に誘導した上で、幸運な人物と不幸な人物が登場する物語を読ませた
翌日、物語の内容を再生するよう求めた
結果
ポジティブな気分で物語を読んだ参加者は、幸運な人物のエピソードを多く再生
ネガティブな気分で物語を読んだ参加者は、不幸な人物のエピソードを多く再生
全体の再生量はどちらの気分の場合でも違いがなかった
ポジティブな気分の人はポジティブな事柄に、ネガティブな気分の人はネガティブな事柄に注意が向きそれが記銘されるのだと考えられる
記憶における気分一致効果は記銘の段階だけでなく、想起の段階にも生じる
催眠により実験参加者にポジティブ/ネガティブな気分を導入した実験では、その状態で子供の頃の記憶を想起させたところ、導入された気分と一致したエピソードを再生しやすいことが示された(Bower, 1981)
気分一致効果は、さらに社会判断においても生じる
ポジティブな気分の人は、人や事物に対し肯定的な判断をするのに対し、ネガティブな気分の人は否定的な判断をする傾向がある
映画を見終わったばかりの人に政治に関する判断や将来への期待を答えてもらったところ、楽しい気分を喚起する映画を見た人は、攻撃的な映画や悲しい映画を見た人に比べ、よりポジティブで寛容で、楽観的な判断をしやすかった(Forgas & Moylan, 1987)
2-2. ポジティブ-ネガティブ非対称性(PNA)
ポジティブ-ネガティブ非対称性(PNA : positive-negative asymmetry)
気分一致効果の研究が蓄積されるにつれ、ポジティブな気分での効果は頑健だが、ネガティブな気分の効果は安定しないという非対称性が見られることが明らかになってきた
楽しい気分のときには楽しいことを思い出すが、悲しい気分のときには悲しいことを思い出すとは限らない
楽しい気分のときには肯定的な判断をしがちだが、悲しい気分のときに否定的な判断をするとは限らない
気分一致効果にPNAが生じる背景には、気分を維持・改善しようとする動機があると考えられている(Clark & Isen, 1982)
ポジティブな気分のときには気分維持動機、ネガティブのときには気分修復動機が働く
2-3. 気分と情報処理方略
ポジティブな気分のときとネガティブな気分のときでは、私達が外界から入手する情報の処理の仕方にも違いが生じる
PNAも少なくともその一部は、このような情報処理の相違の結果として生じているのではないかと考えられている
シュワルツ(Schwartz, 2002)は、認知チューニング仮説において、次のような主張を展開している
気分は、周辺環境が自分にとってどのような状態にあるのかのシグナルとして捉えることができる
ネガティブな気分は問題のある状況
何らかの脅威に直面していたり、良い結果を手に入れていない状態
ポジティブな気分は安全な状況
良い結果を手に入れていたり、脅威にさらされたりしていない安全な状態
私達が用いる情報処理方略は、気分の変化によって知られされる現下の環境からの要請に対して自動的に調整(チューニング)される
ネガティブな気分: 認知的な努力を要する分析的でシステマティックな情報処理方略
問題のある状況に直面した場合、その状況を変えようとするが、そのためには、まずその問題がどのようなものかを注意深く調べる必要があるから
ポジティブな気分: 認知的な努力を必要としない直感的でヒューリスティックな情報処理方略
特にこれといった問題がない状況においては、詳細にわたる分析は必要なく、いつものルーチンで状況を分析すればよいから
この仮説を支持する研究は様々な領域で見られている
例えば、ポジティブな気分では既有知識を利用した対人認知が行われやすく、ステレオタイプが用いられやすいこと、認知的努力を必要としない社会的推論が起きやすく、基本的な帰属のエラーが起きやすいことが示されている(e.g., Bless, Schwarz, & Kemmelmeier, 1996; Forgas, 1998)
その一方で、ポジティブな気分のときにはユニークな発想が生まれたり、創造的な問題解決ができたりするという報告もある(Isen, 1987)
安全が約束されたポジティブな気分のときこそ、冒険的な思考が許されるのだと考えることができる
3. 感情の機能的価値
かつて主流だった感情を有害視する考えから、最近では感情のことを特別な機能を担う有用な心の働きとみる見方が強くなってきている
進化心理学の興隆
進化論に基づいて人の心の働きが進化的適応の産物であるという認識に立った心理学のこと(Barkow, Cosmides, & Tooby, 1992)
自然選択(自然淘汰)
最近はこのような観点から感情の適応的な価値が再考されている(e.g., Keltner & Gross, 1999)
感情に適応的な価値を付与するという考えそのものは、チャールズ・ダーウィンにまで遡ることができる
『人および動物の表情について(Facial expression of the emotion in man and animals)』(Darwin, 1872)
人間と動物の表情には類似性があり、そこには進化的な連続性があることを主張
ただし、ダーウィンは、人間の表情はかつて有用であったものの、現在の人間にとっては必ずしも有用ではないと指摘している
一方、エクマン(Ekman, 1992)は、個体が生存する上で適応的価値が高い感情が、進化の過程の中で自然選択されてきたと考え、恐れ、怒り、悲しみ、喜びなどの基本感情によって生じる表情、生理的反応などは国や文化を問わず普遍的だと主張する
感情アージ理論(戸田, 1992)
感情は進化の過程で獲得した生存のための心的ソフトウェアだと主張
アージ(urge): 人間を強く駆り立てる力のことで、このアージが存在することによって、人間は周辺環境の状況に応じた適応的な行動を選択することができる
恐れは対抗不能な脅威が出現した状況で発動され、恐れが生起した人間はその脅威から逃れる行動をとろうとする衝動的な傾向を持つという(戸田, 1994)
ただしここで仮定されている周辺環境は進化適応環境
現代の文明的な環境では非合理的な行動を導く場合があるとしている
ソマティック・マーカー仮説(Damasio, 1994)
感情は現代においても、適切な判断や意思決定を導くもの
ここでいう感情とは身体的感覚を伴う一種の直感(gut feeling)であり、情動や気分とは少々異なる
ソマティック・マーカー(身体標識)
ダマシオによれば、日常生活の中での判断や選択の際に悪い結果が予見されると、合理的な推論に先立って直感的な警告信号が発せられる
多数の行動の選択肢の中からネガティブなものをふるい落とし、より望ましい選択ができると考えられている
最近では、罪悪感や羞恥心といった他者との人間関係の中で生じる社会的感情の機能に関する研究も盛んに行われている
これまで説明してきた理論では、感情は主に物理的環境の状況を知らせる機能を持つものとして捉えられていた
社会的感情は、社会的・心理的環境の中で自らが置かれた状況について知らせる機能を持つ
罪悪感と羞恥心は、いずれも他者に迷惑をかける、規範を逸脱する、人前で失態をさらすなどの社会的苦境場面で見られる感情であり、これらの感情が生起することにより、社会や集団への適応が危ういというシグナルとして働く
このことから、これらの感情は反社会的行動(→9. 対人行動)を抑制する道徳感情ということもできる
ただし、羞恥心が回避や防衛のような消極的行動を動機づけ、しばしばネガティブな結果をもたらすのに対し、罪悪感は告白、謝罪、補償など関係修復や事態の回復を試みる行動を動機づけ、適応的な帰結をもたらすとされている(Tangney, 1995)
人間は他の動物に比べ、多くの感情を有している
社会生活を営んでいくために必要だったから
こうした観点から、最近では、人間が社会生活を営む中で徐々に獲得していくさらに複雑な感情(例えばシャーデンフロイデ)について、その適応的な価値を検討する研究が進んでいる
→5. 態度と説得