1. 生理心理学への招待
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1. 生理心理学とは
心(精神機能)の生物学的基盤を実証研究によって明らかにしようとする学問領域 心と呼んでいるものが、身体(脳など)のどような活動と対応しているのか 生理心理学の研究の共通の特徴としては、何らかの形で生理学的な手法による測定や介入が用いられるということ ここでいう生理学とは、細分化された一分野としての生理学というよりは、身体に関する実験科学全体を指す広義の生理学 2. 「脳と心」研究小史
現代において、心と脳の関係は一般常識
しかし、精神機能と脳の関係が現在のような形で研究され始めたのはここ160年ほどのこと
16世紀ごろには、脳の中にはいくつかの精神機能(知覚や記憶など)を書き込んだ図版がある この時代には心の座を脳に求めていたことがわかる
それらの精神機能は脳の中の空白部分(脳室)に書き込まれていて、心は脳の実質(神経細胞など)ではなく脳室に宿ると考えられていたのであろう これは心を分割できないもの→脳に1つだけある器官として松果体
これはもちろん誤りだが、脳室という空間部分ではなく脳の実質部分に、外界と心のインターフェースを置いて考えた点がデカルトの考えの特徴であり、その限りにおいて現代の考えに少し近づいたといえる
人の頭部の骨の出っ張りを見ればその人の秀でている点や特徴がわかるとした考え方
例えば、頭頂部が出っ張っていたら「頑固さ」、眼の下ならば「言語能力」
一方、当時の生理学における趨勢は、機能局在ではなく脳全体として精神機能を担うとした全体論が主流 もちろん骨相も局所的に発達して押し出すというのも誤り 19世紀前半
例えば、脳の一部を破壊すると呼吸が止まる
これは精神機能ではないものの、呼吸という機能が脳の一部分で担われている機能局在を示しているといえる
脊髄の後ろの部分から感覚入力が、脊髄の前の部分から運動出力がそれぞれ出入りしていることがわかった これも脊髄レベルではあるが神経系の機能局在の例を示した説と言える
鉄棒が前頭葉を貫通し、事故後にゲージの振る舞いが一変した これは脳の一部分が損傷することにより、精神機能に影響が及ぼされることを示した事例
人間の発話機能が左半球の前頭葉下部損傷で障害されることがわかった この研究は、発話機能と脳との関連を具体的に示した点でも重要だが、脳の機能局在という原理を科学的研究により明示した点で画期的であるといえる
ただし、機能局在とは、各精神機能にとって特に重要な脳部位が存在するという意味 mtane0412.icon 1:1対応ではないということ
これ以降、主に機能局在論の立場に立って、生理心理学では様々な手法によって精神機能の生物学的基盤が調べられてきた
生理心理学の研究対象は、マクロからミクロまで、さまざまなレベルにわたっている
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脳損傷による精神機能への影響を調べる方法は比較的マクロなレベルでの研究
現代では、脳を構成する一つ一つの細胞の活動を記録したり、その細胞活動を担う個々の分子の活動を記録したり操作したりする技法も利用可能であって、ミクロなレベルでの生理学的研究も行われている
マクロな事象を理解するためには、その基礎となっているミクロなレベルの事象が具体的に何なのかについて正しく理解することが不可欠
3. 生理心理学におけるさまざまな研究法
何らかの形で生体(人間や動物)に対して神経科学的手法による操作や測定がなされることになる
人間を対象とした研究
人間を対照とした実験が手法上・倫理上困難な場合には動物を被検体とした実験が行われることもある
生理心理学で用いられる研究法は4つに大別できる
動物の脳に電気刺激電極を刺入し、ある脳部位を人工的に興奮させて、どのような行動変化が生じるかを調べる方法 脳の活動は電気活動だけでなく様々な化学物質(神経伝達物質やホルモンなど)によっても担われているので、脳内や身体に化学物質を投与してその時の行動変化を調べようとする方法も刺激法に含まれる 人間を対象とした特殊な例もある
人間の脳外科手術の前の検査として局所麻酔下で開頭されて露出した脳表面に医師が電極をあてて電流を流し、そのときの患者の行動的反応を調べた事例 医療目的で患者の脳の奥深く差し入れた刺激電極から電流を流した際に患者の主観を報告した事例
脳の一部に損傷を与えた際の行動の変化を調べる方法
ある部位の脳損傷により何らかの行動が失われたら、その行動にとってその損傷部位が重要な役割を果たしているのだろうと推測する
脳組織を吸い取る方法や、電流を流して焼き切るという方法、神経毒を局所的に投与して細胞死を局所的に引き起こす方法
いずれも動物実験ということになる
人間を対象とした神経心理学的アプローチとして、脳損傷部位と機能障害との対応づけをすることによる脳機能の解明を行う分野の研究も、広い意味での破壊法に含めてもよいかもしれない 破壊法の研究で注意すべきこと
脳の神経回路網は複雑であり、また脳部位ごとに様々な脳部位と神経連絡がある→ある箇所の破壊(損傷)とある機能の低下との関連が見られたからといって、当該の脳部位がその機能にとって重要とは即断できない
その機能は実際には他の脳部位同士が協調することによって実現されていて、損傷部位はその脳部位の間を仲介しているだけなのかもしれない
損傷と機能障害を因果的に結びつける基準
脳部位Aの損傷をもつ患者では認知課題1の成績が低下し認知課題2の成績は影響されず、その一方で脳部位Bの損傷をもつ患者では認知課題2の成績が低下し認知課題1の成績は影響されない、というパターンのこと
二重乖離が認められる場合には、部位Aと課題1、部位Bと課題2の間の関係はかなり確からしいということになる
ある行動中の生体の脳活動を電気的応答として記録する歩法
記録電極を脳に刺入すると、その電極の先端付近の神経細胞活動を直接記録することができる 動物の脳スライス標本を作製して、顕微鏡下で電極の位置を確認しながら記録することも可能
人間の場合には記録電極を脳内に実験目的で刺入することは不可能だが、頭皮上に記録電極を貼付して電気記録を行う脳波や、近年の脳機能画像技術(PET, fMRI, NIRSなど)を用いて、人間の脳の活動を記録することが可能 タンパク質の設計図である遺伝子を実験的に操作し、ある特定のタンパク質を生まれつきもたない動物や、逆に過剰に持つ動物を作製して、通常の動物と行動上何が異なるかを調べる方法 1990年代以降この手法を用いた生理心理学的実験がさかんに行われており、精神機能の生物学的基盤がタンパク質レベルでも論じられるようになったことを示している
ある特定の脳部位においてのみ遺伝子発現を異なったものにする技術や、遺伝子発現のタイミングを実験者が制御できる形で遺伝子改変する技術もある 実験の対象として人間を使えない場合の代替という意味だけでなく、動物実験だからこそ、より統制された実験が可能という積極的な意味合いもある
もちろん、脳全体の構造や機能は人間と動物との間に差があるので、動物実験で得られた知見を人間に何でも一般化できるわけではない点は注意が必要
動物福祉の観点に照らして十分に配慮された実験手続きをとる研究のみが、各研究機関の委員会による倫理審査の承認の後に実験を許されることになっている 4. 生理心理学の作業仮説
脳と心の関係についての考え方は哲学における大きな問題の一つ
生理心理学者は一元論の立場で研究を進めている
活動する脳が存在しないところには心はなく、私たちが心と認識しているものの根底には必ず脳の活動があるという考え
ただし生理心理学が一元論に基づくと言っても、生理心理学を研究史たり学習したりする上で一元論を「信じる」ことが必要なのではない
二元論を「信じる」人であっても、生理心理学の研究・学習は可能
一元論的アプローチによって脳と心の関係が完全に解明される日がくるかもしれない反面、研究を進めても説明できないことが残る可能性もある
5. 生理心理学の関連領域
広義の生理心理学: 精神機能の生物学的基盤を明らかにしようとする学問領域すべて
狭義の生理心理学
スターン(Stern,J.A.)の定義によれば、(狭義の)生理心理学とは、実験において生体に何らかの操作をしたときの行動の変化を測定するもの 独立変数「生理」→従属変数「行動」
独立変数「行動」→「従属変数「生理」
ただし、すべての実験がこのどちらかに明確に分類されるわけではない
また習慣的に、動物を用いた研究を生理心理学、人間を用いた研究を精神生理学という場合もある
認知行動の生物学的基盤を明らかにすることを目的としており、生理心理学と重なる部分も多い
認知神経科学は特にコンピュータ技術を駆使した脳機能画像技術を用いた研究分野を指すことが多い
脳損傷患者が示す行動変化(何らかの機能障害)から格納部位と精神機能との関係を明らかにしようとする分野を指す