誰々の子の誰々
東北沿岸部のお茶っこの観察mtane0412.icon ものすごい情報交換が行われている
そのときの人的ネットワークの情報交換が面白い
ある人物に対して話をするときに「誰々の子の誰々」「誰々の弟の嫁が誰々の母親で~」などのようにグラフ的な情報交換が行われている このような社会関係を言語的に圧縮できる範囲としてもダンバー数は現れているのだと思った デーモスの設置後は、市民はアッティカ内のどこに居住しようとも、その祖先が区の創設時に登録された区の区民とされ、これによってアテネ市民は、それまでの「誰々の子の誰々」という習慣に代わって「何々区のだれだれ」とよばれるようになった。<太田秀道『スパルタとアテネ』1970 岩波新書 p.130/前沢伸行『ポリス社会に生きる』p.40 などによる> これによりより多くの成員と民主的な集団維持が可能になった