「自分」の表す範囲を広げる
自分ごとになるかどうかは、その対象が「自分」の表す範囲に入るかどうかというだけ
mrsekut.iconは、万人は利己主義であると思っている
まず「自分」の中に自分は入っている
そこから、人によっては、家族や友人もその範囲に入るだろう
一緒に働くチームメンバも自分の範囲に入るかもしれない
小さい頃に親が医者に助けられる経験をすれば、「病気で困っている人」もその範囲に入るかもしれない
そうすれば、そういう人たちを助けるために医者になる、ということを実践できる
顔も知らない腹をすかせた子を自分の範囲に入れることは出来ない
実際に会ってみた、会った人の話を聞いた、のようなきっかけがないと入ってこない
何も知らない大学生がボランティアしたいと言っているのはキレイゴトなだけ
ただそのキレイゴトも、行動に移すことで実際に会い、自分ごとになるきっかけになるかもしれない
会社に対しても同じ
その会社に属することを自分の人生のための一手段と捉えているか、
会社の成長に熱を入れられるか、
例えば、共同創業者ならかなりわかりやすいだろう
新しく入った人でも、理念に共感するとかでそういう感情が湧く可能性がある
というのは、自分の範囲に入っているか否かの違い
顧客に対しても同じ
顔も知らない、自分にとってどうでもいい人間が困っていても別に助けようと思わない
幸せに生きられるかどうかと聞かれると幸せになってほしいけど、自分がアクションするわけではない
顧客との距離を縮める、to Bならその会社の人とチームでプロジェクトに取り組む、とかすれば
そのチームは自分の範囲に入るかもしれない
その顧客の幸せが、自分の幸せと同じ意味になる
ドッグフーディングは、自分自身が顧客なので、最初から達成されている
なので楽というだけ、偉いとかではない
「理解」における記号接地ともにてる
自分と接地したかどうか