風の谷戦略
「社会を荒野と見做して共同体の存続を図る試み」を長らく「風の谷」戦略と呼んできた。むろん宮崎駿監督『風の谷のナウシカ』(1984年)に由来する。 例えばJ・フィシュキンは、匿名性を背景とした決定極端化を回避すべく、佇まいを観察できる記名的で近接的な熟議を提唱した。それを踏まえてC・サンスティーンは、決定極端化の餌となる不完全情報状態の解除や同じ穴の狢(むじな)で固まる集団的同質性の解除を提唱した。 総じて〈感情の劣化〉を背景としたインターネットの逆機能(害悪をもたらす働き)を克服するためのミクロな工夫(によって可能な限り社会の全体を覆うこと)の提唱だ。その特徴は制度改革で一国の危機を乗り越えるという類の直接的なマクロ戦略を信頼しないことだ。