留置権と同時履行の抗弁権の違い
from 呉明植基礎本『民法総則』第3版
基素.icon留置権を習った後に同時履行の抗弁権を習ったんだけど、留置権があればいらなくない?例えばカメラを売ったとすると、相手が金払わなければ留置権があるんだよね?これって抗弁権と何が違うの
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まとめ
同時履行の抗弁権は「契約上の同時性」を根拠に履行を一時停止する権利。
留置権は「物の占有+牽連性」を根拠に、物を担保に実質的な強制力を持つ権利。
売買代金債権についても牽連性が肯定されるため、売主は留置権と抗弁権の両方を使えるが、対第三者効力や競売権能の有無などで機能が異なる。
【1】要件の並べ替えで見た違い
〈共通ではない部分だけ抜粋〉
同時履行の抗弁権
双務契約で相互に対価関係があること(引渡債務と代金債務)
相手方が現実の履行または履行の提供をしていないこと
留置権
他人の物を占有していること
債権が「その物に関して生じた」こと(牽連性)
※ 売買代金債権も「同一の法律関係」(売買契約)に基づくとして牽連性を肯定
【2】法的性質の違い
同時履行の抗弁権=相対的な債権的抗弁
→ 物権性なし。第三者に対抗できず、相手が供託・弁済の申出をすれば消える。
留置権=担保物権
→ 物権なので第三者(転得者)にも対抗できる。最高裁も確認。
【3】効果の違い
抗弁権:履行拒絶のみ。占有は必須でなく、競売権能(物を売って弁済を受ける力)はない。
留置権:占有を維持する限り引渡し拒絶可+簡易競売による弁済取得(民298条)。
【4】カメラ売買の具体例(売主A→買主B)
① 契約成立時点で所有権はBへ移転。Aは「他人(B)の物」を占有している。
② Aの売買代金債権はカメラに「同一法律関係」で生じた債権だから牽連性あり。
③ よって留置権が成立。Aは「払うまで返さない」と第三者にも主張できる。
④ 同時履行の抗弁権も別途使えるが、物権的効力がない点で留置権より弱い。
【5】留置権が成立しない典型パターン(対比)
修理と無関係な遅延損害金の請求など、物との法律関係が薄い債権。
占有が不法に始まった場合(295条2項)。
基素.icon留置権のみが使える典型例、抗弁権のみが使える典型例、両方使える例を教えて
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【留置権のみが中心となる例】
時計修理店が修理を終えたが料金が未払い
→ 修理代は時計に直接関係する債権で牽連性あり、時計は客の所有物なので留置権○
→ 引渡義務との同時履行抗弁も成立し得るが、実務では留置権が主軸
【同時履行の抗弁権のみが実質手段になる例】
ソフトウェア開発で「ソースコード引渡 ⇔ 代金支払」を同時に行う取り決め
→ 開発者が占有しているのは自分のデータであって依頼人の物ではないので留置権×
→ 代金が支払われるまで引渡を拒めるのは同時履行の抗弁権だけ
【両方を併用できる例】
中古カメラ売買で契約は成立(所有権は買主へ移転)
品物はまだ売主の手元、代金は未払い
→ 他人(買主)の物を占有しているため留置権○
→ 売買は典型的な双務契約なので同時履行の抗弁権○
まとめ
「他人の物を占有していて、その物に関して債権があるが自分の義務は済んだ」場合 → 留置権のみ
「互いに同時に履行すべき義務が残っているが、占有しているのは自分の物」場合 → 同時履行の抗弁権のみ
「相手の物を占有しつつ、まだ双方の履行が残っている」場合 → 両方使える