偽善を捨てた億万長者
Jeff Bezosが全長417フィートのヨット(船首に妻ローレン・サンチェスの彫像付き)を売却予定との報道。理由は「注目されるのが嫌だ」から。笑わせる。 これはただの「金持ちへの嫉妬」話じゃない。超富裕層のメンタリティと米国政治の腐敗が絡み合った、もっと根深い問題の症状として読むべき。
今の超富裕層は「偽善」すら捨てた
19世紀ギルデッド・エイジの富豪連中は、少なくとも「表向き」は道徳を守る素振りをしていた。不倫はしつつも妻子持ちの善良市民を演じた。「悪徳が美徳に払うトリビュートとしての偽善」が機能していた。
今は違う。「俺は金持ちだ、お前らの目が気に入らない、謝る気もない」という完全に道徳フリーなプルトクラシーが出現した。2024年選挙後、ウォール街の連中がFTの取材に「また好き勝手な言葉を使えるようになった」と喜んでいたのが象徴的。
ベゾス・マスク・ザッカーバーグらは揃って「もう謝らなくていい」モードに突入。慈善寄付も激減している。
なぜここまで来たか
トランプ再選の重要な動因のひとつは、「一握りの超金持ちが、あらゆる制約を取っ払いたかった」こと。富の誇示、傲慢な振る舞い、ポリコレ不要——それが欲しくて体制ごと買い取った、という見立て。
これはもうファシズム的政権の話であり(完全には成功していないが、やれるならやる気満々)、その背後に超富裕層の欲望がある。
でも、風向きは変わりつつある
ベゾスがヨットを売るというのは、バックラッシュが思ったより強くて「完全な免疫」を買えていないと気づいた証拠ではないか。
「ピッチフォークと松明が来る」と本気で怖れているわけではないが、公衆の反感が多少は効いている。
これは良いことだ。「偽善的な億万長者」のほうが「偽善すら捨てた億万長者」よりマシ。
理想は億万長者を減らすこと。でも当面は、世論の圧力によって彼らが多少は行儀よくなる仕組みを育てるのが現実的。ボイコット、冷笑、ヨットへの野次——全部有効。
まとめ・希望的観測
「富こそ全て」という価値観の完全支配はまだ達成されていないし、逆転可能かもしれない。
くだらない話に見えて、そんなに取るに足らない話でもない。
ヘッジファンド億万長者のグリフィンはセントラルパークサウスに2億ドル超の「米国史上最高額マンション」を所有している。ニューヨーク市長のゾーラン・マムダニが、市内に500万ドル超の豪華不動産を持ちながら市外在住(=市民所得税を払っていない)の人間にかけるピエ・ア・テール税を提案した際、そのCMに件のビルが映り込んだことを、グリフィンは「個人攻撃だ」「命を危険にさらされた」とトランプ暗殺未遂と比較するほど大げさに激怒した。
グリフィンはシカゴからマイアミに本社を移転した経緯を持つが、結局ニューヨークでも大量にスペースを借り直している(ヘッジファンドビジネスはNYでやるほうが理にかなっているから)。にもかかわらず、この税案への私怨を理由にNYから撤退を脅しているのは、投資家への受託者責任より自分の感情を優先する愚行だ。
F・スコット・フィッツジェラルドは「彼らは無責任な人々だ」と言ったが、それ以上のものがある。超富裕層は自分の些細な不満を、普通の人間にとって生死にかかわる問題と同列に置く感覚を持っている。
なぜ超富裕層がニューヨークに居を構えたがるのか疑問だ。NYの魅力は通りをぶらつき、まだ入ったことのない民族料理店を試し、都市の偶発性を享受することにある。ところがティンテッドガラスの車で移動し、取り巻きと護衛に囲まれた超富裕層には、そのどれも味わえない。セントラルパークサウスの高層階に住んだ知人も、近所がオリガルヒや王族の空き部屋ばかりで生活コミュニティが存在せず、家族全員が嫌がったという実例がある。
より大きな問題として、こうした億万長者が私的なわだかまりや些細な不快感を公共的重大事と混同する「悪の源泉」を指摘している。イーロン・マスクがDOGEを通じてUSAIDを破壊した結果、現時点の推計で60万人(大半が子ども)が死亡したと述べ、これを「awesome(=恐ろしい)」と皮肉った。
締め、グリフィンら超富裕層は鏡を見て「自分は何者か、人生で何をしているのか」と自問すべきだ、と呼びかけている。