何を言ったかより誰が言ったか
例
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@komitsubo: 雰囲気って大事なんだよなぁ。どんなに良い事言ってても、どんなに鋭い指摘をしてても、どんなにそれが正しくてもキツイ雰囲気の人、丸い雰囲気の人、面倒くさい雰囲気の人が言うと全然伝わり方が違うんだよなぁと最近対照的な人に立て続けにあったのでしみじみ思ってる。 (どの政党のマニフェストでも「自民党」とラベルをつけると支持率が10ポイント上がる。共産党の「安保廃止」ですら、自民党の政策ということにすると5割以上が賛成に転ずる、という結果)
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ラベリングは中身を見ないでも信用できる記号になっている
瞬時に大勢の人からさまざまな角度での清廉潔白性、首尾一貫性を要求されることに疲れてしまったというのは、隠しようもない事実です。そういう清廉潔白性や首尾一貫性を保持できればできるほど「信頼できる人」「信頼できる番組」として見なされていくようなところもありますが、「この人が言っているから信頼できる」「この人が言っているなら信頼できない」という「言う人」ありきの認知が強化される空間にいることは、あまり個人的に歓迎できない事態でした。
実際、多くの人は私の本や論文というよりは、もっぱら私のパーソナリティーに関心を持っていたように思いますし、事実そうした応援のメッセージも多く頂きました。