「2位じゃダメなんですか?」の背景
富岳がコンピュータのベンチマークTOP500で世界一位になった時にTwitterで話題になった
2009年11月、民主党政権下の事業仕分けにおいて 蓮舫議員から「世界一になる理由は何があるんでしょうか? 二位じゃだめなんでしょうか?」という言葉が出た。 これは当時メディアに沢山取り上げられたらしく、今でもこの言葉を使って蓮舫議員を揶揄する発言がある
元ツイートの画像には「理由」が一切含まれていないので発言内容は意味不明
2020/06/24時点で1.8万RT、6.5万いいねがついている
野依良治さんは、次世代スーパーコンピューターの開発予算が事実上凍結されたことについて、「不用意に事業の廃止、凍結を主張する方には将来、歴史の法廷に立つ覚悟ができているのか問いたい」と痛烈に批判した。 野依氏は当時理研の理事長であり、予算削減を受ける側のステークホルダー
2020年においてニュースバラエティ「スッキリ」において加藤浩次氏が揶揄している
こういうノリで扱われるように多くの人が認識している発言だということ
誤った文脈で引用をされることがある
以下、当時の蓮舫議員の発言に至った経緯の記事を見ていくと、内容自体は「蓮舫議員が勝手に言っていること」ではなく、スパコンの専門家を含む学者複数名や自民党をふくめて同じような見方だったということがわかる。
当時の議事録あり
時代背景も纏まっているので自分が見た中で最も纏まっている記事
目的
仕分け対象のプロジェクトは、(1)計算能力の高いスパコンを、(2)研究・開発した国産の技術に基づいて作り、(3)計算能力はTOP500で世界一を目指す、という3つのゴールを同時に目指していた。
科学のための道具作りと、科学のための道具作りのための科学のふたつが混在している
(2)(3)の雲行きがあやしいからといって、(1)をやめてもらうとすげー困る。
(1)のためには、既存のスパコンを海外とかから買ってきても利用者としては困らない。
むしろ、広くノウハウが共有されているので、スパコン用のソフトウェア開発には便利で利用者はうれしい。
買ってきたほうが安かったりする。
反面、(2)が達成できず、結果として日本国内での技術開発・継承に問題が起こる。
2009年11月の事業仕分けの対象事業
2005年~2012年の7年間で約1150億円の予算投入を予定(仕分けを行った2009年度までに545億円を投入)
開発は、独法の理化学研究所を中心として富士通、NEC、日立の民間3社との共同プロジェクトだったが、2009年5月にNECと日立の2社が撤退。システム構成の見直しを迫られ、ハードの方式を「ベクトル・スカラー複合型」から「スカラー型」へ変更した。
問題視されたこと
スピードが世界一になったところで利用者の使い勝手が悪ければ使われない、しかもすぐに抜かれるだろうという予測もある、なぜそれなのにスピードばかりにこだわるのか?という趣旨だった
「すぐに抜かれる」のは予測というか、かなり固い予測である。後述するがスパコンも5年で性能は10倍になっている。Mooreの法則もある 自民党時代の事業仕分けから繰り返し問われている「なぜ一番でなければならないのか」という質問に、まだ文科省は答えていない。
民主党政権下での事業仕分けの半年前に、実は自民党の中でも議論されている(自民党無駄撲滅プロジェクトチーム)。その際にも、「スパコンを開発することが自己目的化している。スパコンを活用してどのような効果を出していくのかを明確にするべき」、「最先端の次世代コンピュータを保持しないダメージが分からない」など、ほとんど同じ指摘がされていたのだ。
たとえば、論文を一番最初に出さなければならないのかとか、小さな粒子を探している時に一番小さな粒子を探すのか、二番目に小さい粒子でもいいのか等という質問ならば、一番でなければダメだろう。それは素人でもわかる。
が、このスパコンの一番でなければならないのかという質問は、そうした質問とは根本的に違う。
ここで問われているのは、一番速いスパコンを開発することでスパコンの技術を高めるという話ではない。
ここで問われているのは、日本の科学の進歩にとって、世界で一番速いスパコンが一台必要なのか、それとも二番目のスピードでもいいから複数台必要なのか、
名目ピークの計算速度はほぼ価格に比例するので、買う予算がある 限り大きな計算機を買う、というのはそれほど無駄ではありません。アプリケー ションで効率がでなければ、分割して複数ジョブで使えるわけですから。
合計性能が同じならかかるお金はそんなに変わらない、という意味ではあまり本質的な問いではありません。
あるいは一番速いスパコンで、あるシミュレーションを行った場合と二番目に速いスパコンでシミュレーションを行った場合に、結果が出るまでに何分の差があるのか、その差を最終成果物が出るまでに埋める方法がないのか、ということである。
具体的な問題点
2社の撤退によって大きくハードが変更になった中で、ソフト開発を同時に行う意味があるのか。
基素.iconこれはよく分からない。どんなソフトを作ろうとしていたのか?普通、ソフト開発に意味は当然ある
スピードだけを求めるのではなく大事なのは利用者(研究者)の使いやすさ。例えば、1台のスパコンに10ペタを搭載するよりも、1ペタのスパコンを10台作って実際に利用する全国の若手研究者のいるところに置くなどの考え方もあるのではないか。10ペタのスパコンを開発すること自体が目的化していないか。
基素.icon一理ある。これは後述の仕分け人の金田教授の意見とも一致しているように見える
10ペタのスパコンに対する産業界のニーズが本当にあるのか。
ユーザーニーズの話
「サイエンス」には費用対効果がなじまないことは理解するが、1000億円以上もの税金が投入されることの成果がまったく見えてこない点は、改善すべきではないか。
基素.icon「成果」の定義は?
結果として富士通は1社で京を完成させることになるが、この時点では雲行きが怪しかったという背景を加味しなければ発言は読み解けない
仕分け人には専門家がいた
指摘をしていた仕分け人の中には、スパコンの利用者側の立場でもある金田康正氏(当時東大教授)や松井孝典氏(東大名誉教授)らもいた。決して「素人の思い付き」で進んでいたのではなく、専門的視点も含めての議論であった。 仕分け人探しは難航した(科研費を渡す側の文科省と闘うことになるため)
仕分け本番の前の10月末から事前に仕分け人と仕分けられる側で討論をしていたのですが、僕はこの事前討論には一切参加していなくて、実は3回目の討論となったあれ(「2位じゃダメなんでしょうか?」で知られることになった11月13日の行政刷新会議)が最初でした。
使いこなす人材を育成するのが一番大事。スパコンを扱える人材育成(結果として研究開発効率を上げる仕組みができる)および人材評価をできる仕組みを構築する必要がある
計算機というのはあくまでも単なる道具であって、どう使いこなすかどうかが鍵です。(略)日本全体に本当の意味でスパコンの利用者が一体何人いますか。1000人もいません。500人もいるかどうかですよ。スパコンを使いこなすノウハウを持つのには時間も経験も必要だし、非常に難しいことです。スパコンの利用をサポートできる人間もほとんどいません。
それから人材育成のこと。今もそうですが、文科省は結果として研究者の養成しか頭にないんですよ。民間にこそ人材を供給して、民間の活力を高めるような人材育成を目玉にしないといけません。できないものをできるようにするソフトウェアを作るのも、ソフトを評価するのもすべては人間です。そういう人の能力を見極めて高給で雇うようなシステムを用意して、その成果を使ってユニークな製品製作、経営効率や研究開発効率を上げるような仕組みを民間が作らなければいけません。その様な目的や考えが全くないことが、一番の問題です。ただ単に世界一を目指すのではなく、「スパコンの技術と人材を日本の将来へ繋ぐ」という重要なポイントが欠けてしまっています。
利用者が減ったというのは、大半の人があんな大規模なものではなく、研究室で買えるようなスケールの計算しかやっていないということが主な理由です。今の所大規模なスパコンを必要とするのは、天文だとか、素粒子だとか、非常に特殊な分野の人達だけ、さらに、そういった普通では作れない難しいソフトを開発できる貴重な能力を持っている人たちの評価が学界できちんと行われない、という大きな問題があります。
使われないものを作ってもしょうがない
京のことで、一度立ち止まって考えさせたかったのは、ソフトウェアを大事にしたいということです。(略)一番を追求しただけのハード作りも、誰も使わないソフト開発も意味がありません。作る人間が使わないことも大きな問題です。使う人間はどこが問題を考えながら作っていくから、使えるものができていくけれど、作るだけの人間は良いデザイン、こういう機能があると面白い・便利だからと、誰も使わない機能を一生懸命作っていきます。
省エネ(Green500的観点?)がなかった
もうひとつの問題点は、大きな消費電力を必要とするスパコンの開発においては、省エネが鍵になることもあの段階では分かっていたはずなのに、なぜ省エネにもっと注視しないのかということです。ピーク性能しか頭になかったというのはおかしいと思いますよ。
そういったおかしな点を見直して、再スタートを切れればと思ったのですが、ご存知のように、立ち止まることはできませんでした。(略)あれだけのお金があったら、人文社会学系など、どれだけの人が助かるのか。明らかに税金の無駄遣いだったと思います。
基素.iconここは翌年度に予算がついたということだろう
方向は変わったとあるが金田氏的には違うようだ
「世界一」は政治家にわかってもらうメッセージではあった
僕は「最先端」、「性能」なんてことは言いません。ただ、納税者を説得するにはそれしかないと考える行政側のことも分かるつもりです。ソフトがどうのこうのと言っても政治家含めて、分かる人は少ないですから。別の説得の方法もあるんだろうけれど、自分たちが計算機を使っていないから、そういう知恵が出せなかったんだろうなと思います。
基素.icon スパコンを作ることに予算を投じれば、もちろんそこで雇用される人たちのスパコンへの知識はつくし人は育つことは誰も否定しないだろう。その上でその成果物がもっと人を育てるように活用される方針が欲しかったということなのだろうか?
松井氏は惑星科学者
仕分け人側が言いっぱなしだったのではなく、文科省に回答を求めていたが、その時の文科省の答えは「最先端のスパコンがないと最先端の競争に勝てない」「世界一を取ることにより国民に夢を与える」など定性的、情緒的なものばかりでかみ合わなかった。スパコンという「道具」を使うことで、どのような研究成果を期待しているのか、スピードで世界一を取ると、具体的にどのような変化があるかについては、再三の質問の中でも答えは返ってこなかった。
基素.icon 詳細は議事録を読むしかないが、本当ならまあ通らんやろ……という感想(これで通しちゃう判断の方がまずい)。作る側には当然専門家はたくさんいるはずなのだが、そういう人が表に出てくることはできなかったのだろうか?
仕分けの結論
「来年度の予算計上の見送りに限りなく近い縮減」。現行の計画のまま進めようとするなら予算を凍結すべき、計画を練り直したうえで再度検討すべきという趣旨だった
(全12名いた仕分け人のうち、廃止判定が1名、予算計上見送りが6名、予算要求の縮減が5名)。
翌年度に予算がついた
事業仕分けの後の予算査定や大臣折衝などを経て、翌2010年度は110億円の予算がついた(文科省の要求額は268億円)。このことを、新聞などで「仕分け違反」「結局仕分けはパフォーマンス」と批判記事が非常に多く出た。
文科省は、「開発側視点から利用者側視点への転換」として、開発するスパコンと国内のスパコンをネットワークで結び共同化したり、開発時期を遅らせ開発総額も削減するなど、仕分けでの指摘を大部分踏まえた計画に変更
開発加速のための経費110億円が削減、10ペタFLOPS級達成時期が2011年11月から2012年6月に変更された。また、次世代スパコンと自律分散する国内のスパコン(独法、大学等)をネットワークで結び、国内の様々なスパコンから次世代スパコンを利用できる環境を構築することで、利用者数を1000人から2万人に増やす計画が追加された
2011年に完成したスパコン「京」は、同年6月に回転速度のランキングである「TOP500」(研究者らで構成する団体が年に2回、世界各国のスパコンの性能をランキング化し公表している)において、「世界一」(10.5ペタ)を獲得した。
1年後には抜かれることになる。最新の2019年6月のランキングでは、「京」は世界で20位、国内で3位であった(1位はアメリカの「サミット」で149ペタ。日本でのトップは産総研にある「ABCI」で世界8位、19.9ペタ)。
「京」の具体的な成果は出なかった
自民党政権下の2015年11月政府の内閣官房 行政改革推進会議
「開発に合計1100億円、運用に毎年度100億円以上の国費を投入している『京』の具体的な成果が見えない。その状態で新たに1200億円(当初の想定)の国費を投入してポスト京を開発することは本当に必要なのか」
基素.icon具体的な成果とは何か?
ポスト京は実用性にふった
「京」の後継機となる「富岳」は、「利用者の使いやすさに重点を置き、実用性をさらに向上させる方針」(2019年9月3日、毎日新聞)となり、スピードの世界一は狙わないこととなった。
ベクタ、スカラの両方をやる、という判断は、その2つの違いがほぼなくなっ た時点でされた、という意味で明らかに間違っていた
90年代以降、大型計算機を国家プロジェクトで開発することの意義の多くは失われた。
10PF 程度を作る、というのは、半導体プロセス開発にも補助を出す、とい う方針であったとするならおかしな目標とはいいきれない
が、半導体プロセス開発にも補助を出す、という方針はその当時から明らかに間違いであった。
このように、1番がどうとかいう以前に「京」の開発方針は何重にも間違ってい るわけですが、その根本にある問題は、60-80年代的な、大型計算機の開発が半 導体技術の開発をドライブし、ひいては日本の産業全体を牽引する、という描 像が全く時代遅れになっていることを理解していない前世紀の遺物(といっても 必ずしも年寄りばかりでもないのですが)のような考え方で「汎用スパコン開発 は重要」と主張する人達によって方針が決定されてきた、ということと思いま す。
基素.icon
スパコンの使いやすさとは何か、みたいなところがどの記事でも曖昧
多分技術者が文章を書かないとわからないだろう(そして、普通の人は理解できないのでこのような書き方になってしまうのだろう)
ツイートしたら捕捉意見をもらったので後で記事に反映する