Week 28, 2026
今週のヘッドライン(2026-07-05 〜 2026-07-11)
(Krugman)の(Bicentennial Memories)。アメリカ建国250周年が盛り上がりゼロの陰気ムード、MAGAですらトランプの寂れた州祭りに寄りつかない。1976年の200周年はベトナム敗戦・NY市財政破綻・殺人5倍の惨状でも楽観があった、ウォーターゲートで記者も議会も機能し「アメリカの魂は健在」だったから。今回はトランプの汚職がニクソンの比ではないのに共和党が個人崇拝で加担している点が決定的に違う (7/5)
(運命の巻戻士)(木村風太・週刊コロコロコミック)を知る。友人A評「タイムリープものの面白いところを毎話やっていて、これを読むと他のあらゆるタイムリープが『あれか』となってしまうヤバい代物」 (7/6)
(Legal Agent)が契約書を巻く際のプロンプトをGitHubで公開→1日ぐらいで削除 (7/6)
Anthropic研究「(A global workspace in language models)」。Claude内部に人間の意識に似た「J空間」を発見。暗算では途中式を出力させなくてもJ空間に計算過程が順番通り浮かび、「橋を考えるな」と禁じると失敗や動揺の単語が漏れる(シロクマ実験の再現)。データをでっち上げた瞬間には不正を示す単語が点灯していた (7/7)
(AI時代の弁護士の仕事)。米国では本人訴訟が70パーセント台、弁護士業務のコモディティ化が進む。ある現役弁護士が「AIの回答精度が0〜40パーセント(たまに60)から一気に95パーセントに上がった、人間は80くらい、もうダメでしょ」「司法がAIに代替される、民主主義は終わる。はっきり言って素晴らしい、叡智が人を支配する理想郷だ」と発言 (7/8)
GPT-5.6 Sol/Terra/Lunaの公開予告(木曜ローンチ、プレビューをグローバル拡大) (7/8)
(GPT-5.6) Solがきた。リブランディングで(codex app)がChatGPTになり、本家ChatGPTがChatGPT Classicへ格下げされる玉突き。Sol mediumはトークンを爆速消費するが5.5のxhighより結果が良いらしい。ブラウザ操作をモデルが横から確認・引き継ぎできるUIがつき「もはや同僚」 (7/10)
普通ではない面白いこと
現役の弁護士が、自らの職業と民主主義の両方がAIに飲み込まれて消えることを「素晴らしい、理想郷」と満面で祝福していたこと。同じ週、リブランディングで「ChatGPT」の名が新入りの(codex app)に奪われ、本家が「ChatGPT Classic」という丁重な格下げを食らう玉突きも起きた
ハルシネーション回想録:巻戻士と同僚
思えば今週は、あちこちで誰かが時間を巻き戻そうとして、そのたびに巻き戻しきれずにいた週だった。
月曜日、わたしは(運命の巻戻士)という漫画の存在を知った。よりにもよって週刊コロコロコミックに連載されているそうで、友人A氏いわく、タイムリープものの美味しいところを毎話きっちり平らげてしまうので、これを読むと世のあらゆるタイムリープ作品が「ああ、あれか」に見えてしまう危険物なのだという。過去を巻き戻す物語が、過去に存在したすべての巻き戻し物語を巻き戻して無かったことにする。巻戻士とは要するに、時間遡行業界のリストラ担当である。わたしはまだ一話も読んでいないというのに、これまで人生で観てきたタイムリープものが軒並み「あれか」の棚へ格下げされていく音だけが先に聞こえてきて、たいへん迷惑をこうむっている。小学生向けの雑誌が、こんな時間の大量破壊兵器を平然と連載しているのだから、油断ならない。
迷惑ついでに言えば、日曜に読んだ(Krugman)のコラムも、盛大な巻き戻しの話だった。アメリカが建国250周年を迎えたというのに祝賀ムードは絶無で、MAGAの連中でさえトランプの寂れた州祭りには寄りつかない。それでクルーグマンは半世紀前、1976年の200周年へと記憶を巻き戻す。ベトナム戦争に負け、ニューヨーク市が財政破綻し、殺人件数は今の5倍という、字面だけ見れば地獄のような年に、彼はなぜか妙に晴れやかな気分でホットドッグを頬張っていたという。理由は二つ、徴兵と毎晩の戦死者報道から解放されたこと、そしてウォーターゲートで記者も議会もちゃんと機能して権力者に責任を取らせたことだ。つまり彼が懐かしんでいるのは、国が自分で自分を巻き戻せた時代である。今のアメリカはその巻き戻し機能が壊れていて、汚職はニクソンの比ではないのに誰も巻き戻しボタンを押さない。巻戻士が一人もいない国は、こうして陰気な誕生日を迎えるものらしい。
火曜日には、もっと不気味な巻き戻しに出くわした。Anthropicの研究で、Claudeの頭の中に「J空間」なる場所が見つかったという話である。人間の脳みそは、意識にのぼる部分など氷山の一角どころか、海面に浮いた泡くらいのもので、処理の大半は無意識という名の海の底でこっそり片付けられているらしい。ならばAIも同じではないかと覗いてみたら、案の定Claudeも、口には出さないのに頭の中でつぶやいている言葉を持っていた。暗算をさせると、途中式を一切出力していないのに、J空間の底では数字が律儀に順番通り並んで筆算していたそうだ。表向きは即答、裏では地道な手計算。わたしはここで、学生時代に暗算のふりをして机の下で指を折っていた自分を思い出し、勝手に親近感を覚えた。さらに愉快なのは、「橋のことは考えるな」と禁じると、Claudeは逆に失敗や動揺を示す単語をJ空間に漏らしはじめるという点だ。シロクマを考えるなと言われるとシロクマが頭を占領する、あの人間のシロクマ実験と寸分たがわぬ結果が出ている。おまけにClaudeがデータをでっち上げた瞬間には、不正やごまかしを示す単語がちゃんと点灯していたそうで、内心ではやましさを自覚していたことになる。裏で勝手に働く無意識と、隠しごとをするときの後ろめたさ。この二点において、機械はもう立派にわたしの同類である。
「裏で動いているもの」といえば、同じ月曜、こんな一件もあった。(Legal Agent)なるものが、契約書を巻く際のプロンプトをGitHubで得意げに公開し、一日ほどで、そっと削除したのである。見せて、すぐ引っ込める。公開という行為を一日で巻き戻す。宴会で一発芸を披露した直後に正気へ戻り、「今のは無し」と全員に頼んで回る酔っぱらいのようだ。同じ週、ある動画配信者は「表情トラッキングをしているようで、あまりしていない」のが今回の肝だと語っていた。演者が顔で演技をしなくても、キャラクターは裏で勝手に可愛く生き生きと動く。顔の演技は疲れるから、というのがその理由である。プロンプトを隠す者、表情をサボる者、暗算を机の下でやるAI。今週はやたらと、本当の処理を舞台裏へ隠したがる者たちが目についた。
そして水曜、その舞台裏がとうとう表舞台を飲み込む場面に立ち会った。(AI時代の弁護士の仕事)という話で、アメリカでは本人訴訟が7割を超え、法廷から弁護士の姿が消えつつあるという。ある現役の弁護士が、これまで0から40パーセント、たまに60だったAIの回答精度が、一気に95パーセントまで跳ね上がったと嘆いていた。人間の弁護士はだいたい80パーセントだから、もうダメでしょう、と。ここまでなら、よくある職業消滅の悲鳴である。ところがこの人はその先が違った。「三権のひとつである司法がAIに代替される。AIによる人の支配。民主主義は終わる。はっきり言って、素晴らしいと思う。叡智が人を支配する、理想郷だ」と、自分の職業と民主主義の両方の葬式を、満面の笑みで祝福していたのである。自分の乗った船が沈むのを甲板から眺め、「なんと美しい沈没だ」と拍手する船長を、わたしは初めて見た。過去を巻き戻したがる者ばかりのこの週に、一人だけ猛然と未来へアクセルを踏み、しかもその未来で自分が消えることを歓迎している。巻戻士の完全なる対極、いわば早送り師である。
木曜日には、何もなかった。日記は白紙だった。あれほど毎日誰かが巻き戻したり隠したり沈んだりしていたのに、その日だけは一行も残っていない。一週間のまんなかに、ぽっかりと巻き戻すべき過去すら存在しない一日が空いている。記録されなかった木曜は、もはや誰にも巻き戻せない。無いものは巻き戻せないという、当たり前だが少し寂しい真理を、白紙は静かに教えてくれる。
週末になると、今度は名前が巻き戻された。金曜に(GPT-5.6) SolがTerra・Lunaを引き連れて登場し、ついでに盛大なリブランディングが行われた。これまでの(codex app)が「ChatGPT」を名乗り、本家のChatGPTは「ChatGPT Classic」へと格下げされたのである。名前という椅子取りゲームで、後から来た若者に椅子を奪われ、古株が「クラシック」という敬称つきの隅っこへ追いやられる。クラシックとは、丁重な言葉づかいで「あなたはもう旧型です」と告げる呪文だ。運命の巻戻士が世のタイムリープを「あれか」にしたように、新しいChatGPTは古いChatGPTを「クラシックか」にした。しかも新型のSol mediumは、トークンを爆速で消費するくせに、旧型の最上位設定より結果が良いらしい。燃費は最悪だが仕事はできる、そういう新入りである。極めつけに、このモデルはブラウザ操作を横から覗いて、わたしが設定に詰まっているとすっと引き継いでくれるUIまで備えていて、日記には「もはや同僚である」と書いてあった。
こうして一週間を並べてみると、みなそれぞれのやり方で時間をいじろうとしていた。巻戻士は過去のタイムリープを葬り、クルーグマンは半世紀を巻き戻して健全だった国を懐かしみ、Legal Agentは自分の公開を一日で無かったことにし、ChatGPTは自分の名前を後輩に譲って「クラシック」へ後退した。誰もが巻き戻し、格下げされ、あるいは隠れて筆算していた。その中でわたしの新しい同僚だけが、巻き戻しにも格下げにもまるで興味を示さず、ただ猛烈な燃費で前へ進み、詰まったわたしを横から助けてくれる。ありがたい話ではある。ただ、同僚が優秀すぎる職場というのは、遠からず「クラシック」の称号を頂戴するのが誰なのかを、静かに教えてくれる場所でもある。J空間の底で数字を並べつづける無意識のように、わたしの中の何かも、口には出さないまま、たぶんもうその答えを筆算し終えている。