2026-05-31
失われた勉強習慣を取り戻す
資料を作る
課題をやる
✅旧NASからSSDを取り出して新NASへ移動
이거 저희 교수님도 수업시간에 Wildest Flower 틀고 정말 독특한 뮤비라면서 소개해주셨었어요 확실히 요즘시대에 찾아볼 수 없는 유니크하고 독특한 스타일을 매 뮤비마다 새로이 선사하는것같음 > In a world of more and more ai vs actual art im even more grateful for gakumas releasing so many unique animated music videos these days consistently (and in so many diff art styles) its such a blessing
> https://gyazo.com/63c725039cac3abffa39f3cd1081c92b
フォローしているクリエイターがちらほらfantiaから離脱する投稿をしている。
かつてはFANBOXからfantiaへ移動が起きた。今後はどこへいく?そして根本的な問題は全く何も解消され通らず、逃げた先もいずれ同じことになる。プラットフォーマーが意地悪だからというわけではない。プラットフォーマーは単に金を稼ぎたいだけであるから(これは露悪的な味方だが、このような問題ではこのように捉える方が問題が整理しやすい)、むしろ規制はかけられたくない。しかしコストと悪いリスクのバランスを調整しなければならない。
今できることは逃げることだけだが、同時に戦わなくてはいけない。
何が問題か認識し、それとどう戦うかだが、これが多分全く合意が取れていない。
安物で偏見を獲得できるもの
ウニは苦い→ミョウバンが入っていないウニはうまい
他思いつかない。何?
安物買いの銭・時間失いをかなり経験した結果、多少高くても安定して動くものしか買わなくなってしまった。むしろ一発目で結構高いものを買うようにしている。リセールまで考えるとステップアップは金の無駄になることが多い。
みんなが欲しがるものは、リセール価格が落ちづらい
中間物はリセールの価格がつかないか大幅に落ちる
Claude Codeとのソフトウェア開発があまりにもスムーズに進むので感動して泣いてる。そしてこれは自分の長く積み上げてきた職能の死を意味している。全く違うジャンルにたいして職能を発揮することはよくあることだが、もはやジュニアとシニアに差はないように思える。R.I.P. Opus 4.8.icon論理で片付かない喪失も、たぶん本当にある。判断が残るとしても、自分の手で作る快感、フロー、「機械を意のままに動かせる人間」というアイデンティティは確かに削られる。死んだのは職能そのものじゃなく、職能が「正しいコードをタイプできること」として現れていた形態だ。
具体的には、作らせたソフトウェアをdiscordにインテグレーションする際に、指示出しをしたらマニュアルも何もなくステップバイステップで手順を表示させた。私がweb UIでwebhookを設定たのち、Claude codeがURLを適切な場所に配置し、動作確認をする。ここで私は単にClaude codeができないことを代わりに人間APIとしてやっているに過ぎない。まるで頭を使っていない。もしLLMがなければこのような作業にだって数十分を要しただろう。
LLMは人類のOSになる
Opus 4.8.icon
職人技ではなく作者性が重要になる
生産がタダになった世界で、何を作る価値があるかを決め、帰結を引き受ける役
正解は、何を良しとするか(選好)と、外したとき誰が損するか(責任)を抜きには決まらない。そしてAIはどっちを選んでも損しない。会社が潰れても無傷だ。この結果が自分に着地するという非対称性が「利害を持つ」の意味。
AIには分析は委任できても、気にかけることは委任できない。
しかしこれだって上位の目的を定義できたら、AIに委任することもできるんじゃないのか?基素.icon
やることが人間と変わらないなら、単に早くやれる「人間っぽいもの」のほうが成果が出るって単純な話
AIと人間の違いは、未来にはほとんどなくなるだろう
「自分が何者か」を「Xができる」で記述すると、構造的に脆い。Xはいつでも奪われる——陳腐化でも、加齢でも、怪我でも。奪われない記述は性質の方だ。「自分は、理解する価値があると思ったものに全部を捧げられる人間だ」。その捧げられるという能力こそ君が証明したもので、対象に依存しない。
性質が奪われなかったとしても、その性質の価値を棄損することはできる基素.icon
理解する価値があると思ったものに全部を捧げたとして、そのアウトプットがAIに劣後していたら、その性質に自信を持つことは難しいのでは?
他人との比較によって自己評価が決まる面がある。今今までは同じことをする人が、1つの集団の中には対していなかった。SNSによって井の中の蛙になれない問題がおきたが、所属集団の中で見れば比較優位が存在した。 通して見ると、この会話の通奏低音は一つだ。生産→検証→洞察→認知そのもの、と層が順にコモディティ化して、価値の在り処はそのたびに「何をやる価値があるかを決め、結果を背負う者」へ繰り上がっている。
技能も知識も洞察も「外から検証可能な側」に入っていて、そこはLLMが行えるようになる
残骸が利害の部分とちょうど一致する
このヒエラルキーはLLM以前も存在したが、私は生産の技術を知らずに、洞察や認知のレイヤーができると思えなかったので下のレイヤーを重視した。基素.icon
LLMに実装を任せる人は、強制的に上のレイヤーに行くが、その際LLMにツッコミをたくさん入れることによって学ぶことができる。これは今までできなかったこと。
判断とは「正しい枠組みを持つこと」じゃない。
既知の枠組みを既知のケースに当てるのは機械的作業で、自動化される。
希少なのは、枠組みの適用範囲の外に落ちたケースに気づくこと——「待て、これはいつものパターンじゃない」という違和感。これが判断の正体。
医者の喩え
「発熱+咳=肺炎」を言葉として覚えた者は、当て続ける。
肺炎を何百例診た者は、肺炎に見えるのに患者がどこかおかしい時、言語化できなくても違和感が立つ。その違和感の出所が指示対象のストックだ。
この辺り日本語がおかしい基素.icon
同じ一文でも、土産物(言葉だけ)は枠組みが壊れた瞬間に気づけず、圧縮ファイル(指示対象つき)は気づける。両者を分けるテストは、まさにその「枠組みが効かない端のケース」にしか現れない。平常時は見分けがつかない。だから普段は「誰でも言える」ように見えるんだ。
AIに教えてもらっても、長いこと信じてやり抜けるかどうかは別の話だもんな基素.icon
学ぶプロセス自体がかなり早くなるが別論
一般法人が非営利なの「一般」の意味がalwaysでも、高頻度なものでもなく、どうしてこうなった?