2026-03-01
サークルカット
なぜそうなっているのか?がわからない、規定が多い
法律実務が 家家にとって理由はあまりどうでもいいのかも
そのルールを使って適切に運用できるかの方が大事であり、理由はそれに貢献しないならどうでもいいのかもなー
法律家を捕まえて一つ一つ理由を書いても多分whyには答えられないんだろうな
XTwitterに限らず言い争いは基本的に不毛なのでやりたくないなーと言う気持ちになっている
議論とそれに似てひなるものの種類
感情の発散(単に理解されたいと言う気持ち)
説得
価値観の衝突
これらは労力がかかるばかりでリターンが個人的にない
考えたことがない論点が出てきて理解が深まる、と言うことは有益だが、それならLLMと壁打ちすればいいし
LLMが壁打ちマシンとして優秀すぎて議論のコストが増大しているな。あまりいい傾向ではないかもしれない
Sonnet 4.6.icon基素.icon
Q. 「新しい論点を得る」という意義はないのか?
A. 原理的にはあるが、LLMが壁打ちマシンとして優秀になったことで、その役割はLLMで代替できるようになった。結果として、人間との議論に固有のコスト(感情的消耗・誤解・時間)だけが残り、相対的なコスパが悪化している。
私は暗黙に「新しい視点を得る」を議論と呼んでいた基素.icon
Q. 人間との議論でしか得られないものはないか?
A. 「自分が予測できない他者の実体験からくる視点」は残る。ただしそれは言い争いではなく、雑談や偶発的な会話の方が効率よく得られる。
Q. 他者の実体験を聞いて、自分の意見は変わるのか?
A. 理解・共感にはなるが、意見が変わる(=説得される)ことはほぼない。「理解する」と「説得される」は別のプロセス。
対人関係において便宜を図る部分での態度が変わることはあるが、信念に影響しない基素.icon
Q. では、議論で意見が変わる条件とは何か?
A. 大きく分けて2つ。①自分が知らなかった事実や論理が出てきた時、②無知な状態での大きな見落としに気づいた時。ただし②は「前提(インプット)の修正」であって、推論のアルゴリズム自体は変わっていない。
Q. 価値観や判断基準(アルゴリズム)はどうすれば変わるのか?
A. 長い時間をかけた経験や内省によってしか変わらない。議論は短期間に圧縮された言語のやりとりであり、そこを変えるには根本的に向いていないメディア。むしろ議論は自分の立場を言語化・防衛させるため、元の意見を強化しやすい。
結論:議論への適切な期待値とは?
「相手のアルゴリズムを変える」は最初から諦め、「お互いの前提・見落としを確認する場」程度に設定するのが現実的。ただしXではそれすら難しい。
のでKyashを使うメリットがほぼなくなってしまった