テトラコルド(小泉)
音楽学者の小泉文雄は,日本民謡について研究する中で以下のことを発見した。
日本民謡の音階はオクターブではなく,それより細かい完全4度を基本単位とする。
この完全4度の両端にある音は終止音になりやすい。すなわちメロディーはこの音の周りを揺れ動いた後にこの音に着地する。これを西洋の音楽理論における「主音」(Tonic) と区別して「核音」(Nuclear Note) と呼び,上記のような性質を持つ完全4度の構造をテトラコルドと呼ぶことにする。
小泉氏の理論ではテトラコルドの2つの核音の中間にある音は1つしかなく,この中間音は終止音とならない。またこの中間音の場所によって4種のテトラコルドが考えられ,この4種は実際に日本国内の民謡にも存在する。
1. 日本民謡音階(短3 + 長2)
わらべうたに最もよく用いられるテトラコルド。
半音(短2度)の間隔を含まない基本的な構造。
上行系,すなわち上にある核音に引っ張られやすい。
2. 都節音階(短2 + 長3)
半音の間隔を含む芸術音楽的な構造。
下行系,すなわち下にある核音に引っ張られやすい。
3. 律音階(長2 + 短3)
雅楽の律音階に由来する。
主に仏教の声明で用いられるが,それ以外ではほとんどのケースで中間音が上か下に半音ずれ,上行系の第1種(民謡音階)と下行系の第2種(都節音階)のテトラコルドに変化した。
下行系。
4. 琉球陰音階(長3 + 短2)
日本国内では沖縄の民謡にのみ存在する。
小泉氏は日本伝統音楽のテトラコルドの一つに数えていたが,起源・構造的にテトラコルドと関係があるかどうかは不明。
上行系。
また複数のテトラコルドを共通の核音で繋げ (conjunction) たり,または核音どうしに全音の間隔を開けて並べ (disjunction) たりすることで,オクターブやそれ以外への拡張が可能である。
日本の民謡では,一つの同じ曲・同じ音階であっても,メロディが上行系か下行系かによって異なるテトラコルドを当てはめることもある。例えば「君が代」のメロディでは,「八千代に」では下行系の第3種のテトラコルド,「苔の」では上行系の第1種のテトラコルドが用いられている。
table:日本伝統音楽におけるオクターブ音階の例:
音階 Cを最低音とした時の構成 下層テトラコルド 上層テトラコルド 接続
民謡音階 C-Eb-F-G-Bb-C 第1種 第1種 disjunct
田舎節音階 C-D-F-G-Bb-C 第1種 第1種 conjunct
都節音階 (陰旋) C-Db-F-G-Ab/Bb-C 第2種 上行系で第1種,下行系で第2種 disjunct
岩戸調子 C-Db-F-Gb-Bb-C 第2種 第2種 conjunct
律音階 (律旋) C-D-F-G-A-C 第3種 第3種 disjunct
琉球陰音階 C-E-F-G-B-C 第4種 第4種 disjunct
※ここでいう陰旋・陰音階の「陰」とは,五音音階のなかでも半音のステップがあるものを指す。対して半音のステップがないものは「陽」音階・「陽」旋と呼ばれる。
※また陰旋・陽旋・律旋の「旋」とは,厳密には西洋音楽の音階 (Scale) に相当する概念であり,西洋音楽の旋法 (Mode) とは異なる。この混乱を避けるため小泉氏は専ら「音階」と呼んでいる。
関連資料
小泉文雄「日本傳統音楽の研究」音楽之友社
Wikipedia
元々西洋音楽で「テトラコルド」といえば完全4度のなかに4つの音が配置された構造を指していたが,小泉氏はこれを1つ少ない3音の構造へと拡張して「テトラコルド」と呼んでいるため注意。
イリエユヅチカ氏によるゆっくり解説動画
https://youtu.be/uXhPafRSzFI