抛擲
ほうてき【放擲・抛擲】
(名)スル
ほうってしまうこと。うちすてること。「地位も名誉も―して隠棲する」
ところが晩成先生は、多年の勤苦が酬(むく)いられて前途の平坦光明が望見せらるるようになった気の弛みのためか、あるいは少し度の過ぎた勉学のためか何か知らぬが気の毒にも不明の病気に襲われた。その頃は世間に神経衰弱という病名がはじめて知られ出した時分であったのだが、真にいわゆる神経衰弱であったか、あるいは真に漫性胃病であったか、とにかく医博士たちの診断も朦朧で、人によって異なる不明の病いに襲われて段々衰弱した。切り詰めた予算だけしか有しておらぬことであるから、当人は人一倍困悶したが、どうも病気には勝てぬことであるから、しばらく学事を抛擲して心身の保養につとめるがよいとの勧告に従って、そこで山水清閑の地に活気の充ちた天地の灝気(こうき)を吸うべく東京の塵埃を背後(うしろ)にした。