文章のハイライトに意味はあるのか
これはハイライトを扱う有料サービスであるReadwiseの影響で考え始めた. サービスに言及していたエントリはこちら
併せて: この記事によると, ハイライトの用途は参照程度のようだ. 直感的に, 一般的な使い方ではない気がする.
僕はないと思っていて, これまで行なっていない
やったことがないので判断は性急な気もする. しかし, やる利点が思い浮かばない
何らかの媒体で重要な箇所があったとして, その前後を抽出するのがハイライトだと理解している. これは自分の言葉で説明されず, 不確かな理解のまま, あるいは期待される示唆が得られないことにつながるのではないか
僕は科学的根拠に基づく最高の勉強法に書いてあった幻惑を非常に警戒している. この解消のため, 腹落ちするまで自分の言葉に直すよう心がけているが, 果たしてハイライトはそうするのか?
単にハイライトと言った場合, 重要だと思った箇所を抜き出すために行うのだろう. おそらくその後, ハイライトに対する自分の考えを整理するのだと思うが, それなら最初から該当部分を自分なりに噛み砕き, 言語化すれば事足りるのでは
僕が一番警戒しているのは幻惑で, ここではハイライトのみ行う場合を特に意識している
ここまでハイライトは単に抜き出すために行うという論調だが, 実際は大事な箇所を強調しておき, 後から振り返れるようにするのでは
仮にそうだとして, 抽出も振り返りにはつながる. 表現が異なるだけで中身は一緒かも
マークをつけるだけなら強調. その後何かに使うなら抽出や言語化か. どちらでも後からこの考えは重要だった, とか参考になる, とか言って振り返られるが, より役立つのは後者だ. 直感的な認知やマークした時の考えを言語化し, 整理して新しい考えに繋げる余地が生まれる
ハイライトというのは, 実は抽出と言語化がセットなのかもしれない. そう考えると, Kindleで電子書籍の文章をマークする行動に僕の中で説明がつく
次に読むときに, ここは前回重要だと思った場所だ, と理解できるという意味もありそう
何となく強調するだけの行為に意味はないが, それが思考の積み重ねの結果であったり, その後の振り返りなどにつながるのであれば有意義そう. ただ, 僕は面倒だからやりたくない. それより, 読んだ時になるべく丁寧に理解するよう心がけて, まとまらなければ発酵しても良いから, 自分の言葉で理解したいし, 解釈したい. 強調するより, 言語化した文と一緒にまとめた方が良いと思う. CosenseやObsidianとか, 実現方法は何でも良い
そもそも, Cosenseと伝わるデザインの基本の影響で強調はあまり好きではない. それより構造化によって, 重要な部分がすぐ分かるよう整理する方が好み. やはりアプローチの問題では
#2026/2/8
#inbox