**の音MAD
#後記
ktzkn_.iconが『紙の音MAD vol.1』に寄稿した文章。
音MAD周辺のコミュニティの人物のnote記事を切り貼りし、楽曲に合わせて配置。
置いていて気持ちいいところから作業したので、REAPER上に空のMIDIオブジェクトを置きまくって管理した
かなり音MADと近い工法で作られている
https://scrapbox.io/files/69435211ec5046ff7869753f.jpeg
こんな感じ(全体部分は公開しません)
タイトルは「のーとまっど」と読みます。
「◯◯の音MAD」というタイトルのフォーマットが好き
もちろんnoteとのかけことば
音がないので「音」がなくなっている
■意図
「紙で音MAD」をやりたかった
自分の活動で最も評価されているのはテキスト分野だと考えている
テキストでテーマオールスターをやる意味があると思った
音楽との違いとして、タイムラインがわからない
要するに譜割りがわからない
譜割りがわからないことは音声で聞こえている限りありえないことなので、実現する価値があると思った
読んでいる人によって別の音声が想起される
おもしろい!!!
ぽてむーんの日記の音源化や『流石にナメすぎだろ発電』に影響を受けていると思う
■メインではない部分
インターネット上に声や姿を晒している人間だけが音MAD素材になるとは限らないのを証明したかった
ktzkn_.iconは普段からテキストを読むと七五調などを自動的に検知するようになっている
これを何らかのアウトプットに活かしたかった
これに関しては七字も同じ
映像やりたくない、リズム遊びは比較的やりたいという自分にかなりフィットした方向性だった
パスティーシュが好きな人間として、生成AIを否定する論調で用いられる「学習したデータを継ぎはぎしているだけだから創作じゃない」みたいなフレーズがずっとムカついていた
そもそも生成AIの仕組みはそう(学習データの継ぎはぎ)ではないのだが、仮にそうだったとしても許せない
なぜなら、既存の事物の継ぎはぎだけで作品を成すことは普通にあるから
今回執筆にあたってわざと極力Ctrl + CやCtrl + Vを多用するようにした
句読点の調整や改行位置以外(つまり発声する部分)は全てコピペによって作られている
ただ、今回やっていることがパスティーシュかと言われると微妙かも
「音MADを文章媒体で模倣した」というより、音MADそのものを作った感覚が強い
音MAD(やニコニコメドレー)の定義にまつわる議論でも書いているが、「本来想定されていない意図で素材が使用されていること」に音MADらしさを感じているので、自分としてはかなり音MADのつもりです
音MADを見ていて得られた価値観として、みんなもっと堂々といろんなものを参考にして堂々と自分の形にして出せばいいんじゃないかと思っている
「巨人の肩の上」的発想
ふつうに著作権に対しても「作者のインセンティブは守られるべきだが、既存の作品を活用した新たな作品が妨げられるべきでもない」みたいな観念で使われている場合があるらしい
音MAD好きだけど生成AIは嫌いですみたいな人がたまにいてかなり面白い
そうでない作品と比較して、労力をかけられるようになってきている
そうでない作品と比較して、意図も込められるようになってきている