薔薇寓話13
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明かりの落とされた職員室の暖炉をかこんで、スリザリンをのぞく各寮の寮監とマダム・フーチ、マダム・ポンフリー、それに「闇の魔術に対する防衛術」の教授にまねかれたサー・ポトツキが席をしめた。濃い影になかばかくれ、それらの顔は石像じみていた。
マクゴナガルが厳しい表情で口をひらいた。「先ほどのクィディッチ競技中の事故については、ーー事故であり、事件ではなかったということをまず申しあげましょう。フリットウィック先生とポトツキ先生が詳しくお調べになりましたが、闇のテロルの可能性を示す、いかなる痕跡も見あたりませんでした。各寮監の先生は、生徒たちに、このことで不安がる必要の無いことを伝えてください」
先生方は無言で互いを見かわした。
「それで、シーカーたちの具合はどうですの」
スプラウトがたずねた。みなはマダム・ポンフリーを見つめた。
「命に別状はありませんわ」校医の口調はいつもどおりのせっかちさだった。「症状としては図書館の書架にうっかりはさまれて運ばれてくる生徒たちと同じです。ただ程度がひどいのでーー彼らが干鱈なら、あの二人は始祖鳥化石ですねーーリハビリには時間がかかります。来学期中に全快するかどうかというところでしょう」
石化したドラゴンの卵を孵す薬剤で、医療用に認可されたものを使って治療するのだ、とポンフリーは言った。「今はまだ、二人とも意識が朦朧としていますが、よびかけを続けていますから、じき自己を取り戻すでしょう。自己が戻れば、あとはひしゃげた体を元に戻すだけです」
「戻すだけですって?」
押し花のことを考えていたらしいスプラウトが呟いた。マダム・ポンフリーはせかせかと立ち上がった。
「ウィーズリーは順調にゆけば二月中旬には回復するかもしれません。オコンネルも、ひょっとするとイースター休暇前に完治するでしょう。ではわたしはこれで。患者の様子を見なければなりませんから」
扉がぱたんと閉まった。残された先生方は身じろぎし、目に見えてリラックスして、それぞれに温かい飲み物の入ったカップを取り上げた。「まったく、なんて野蛮なスポーツなんでしょう、と彼女の背中が言っていたね」フリットウィックが、かたわらのマダム・フーチに愉快そうにささやいた。
今後の行事日程をどうするかという懸案を話しあって、会合は一時間ほどで解散になった。マクゴナガルとフリットウィックは、それぞれの生徒を見舞うため、ほのぐらい廊下を医務室へ歩いた。
「彼は何と言うだろうね」
不意に、マクゴナガルの肘のあたりで呪文学の教師が呟いた。彼女はもの思いからさめたように相手を見た。
「一月のハッフルパフ・スリザリン戦を繰り上げたことについてですか? けれどもあれが最善の選択肢でした。セブルスは教授会の決定に異議をとなえはしないでしょう」
「勿論だよ、ミネルバ。でも、近頃の彼のクィディッチへの入れこみようを見ていると、さぞかし悔しがるのじゃないかと思うね。仕上がりが十分ではないのに、と。‥‥こないだ届いたあの包みは、彼が注文したのだろう?」
「そのようですね。例によってまわりくどく、嫌味たっぷりに自慢していましたから」マクゴナガルは手厳しい口調で答えた。だが、ひとけのない廊下では、それもものがなしく聞こえた。フリットウィックは首を振った。
「痛々しいね。彼がほんとうにやりたいのは、クィディッチの優勝などではないだろう‥‥」
「焦っているのかもしれません」
「今頃は委員会に出席しているのだね」
「その話はよしましょう」マクゴナガルはきっぱりと言った。しばらく、二組の足音だけが壁に寄せていった。
「いったい、何だって彼はスリザリンを選んだのかな」やがてフリットウィックが沈黙をやぶった。「わたしは彼のおじを知っていたが、機知に富んだレイブンクロー生だったよ」
「彼が選んだのではありませんよ、フリットウィック先生」マクゴナガルは言葉すくなに指摘した。「組分け帽子の決めたことです」
小柄な老人はちらりと辛辣な表情を浮かべた。「そのように言われてはいるけどね」
「彼が、スリザリンにある種の理想を見ようとしたことは事実です」医務室からの帰り、グリフィンドールの寮監はしぶしぶながらフリットウィックの見解に同意した。病棟の廊下にはわずかな灯がまたたくばかり、さむざむしい空気がただよっていた。
「そう、スリザリンの思想について、彼は他の人とは違う考えをしていたね」
フリットウィックはくつくつと思い出し笑いをもらした。
「わたしは、学生時代、彼がビンズ先生と純血主義のことで議論していたことが忘れられないよ。セブルスは、スリザリン寮の伝統と言われる純血主義が、せいぜい百年前にさかのぼれるにすぎないことを証明しようとしたんだ‥‥ビンズさんには一蹴されたがね。実際、あれはビンズ先生には思いもつかぬ問題提起だったろうね。純血主義は、まさしく彼らの世代によって見出され、時代を支配したのだから‥‥」
フリットウィックは信じかねる表情の同僚を見上げた。「わたしは若いころ、魔法史も熱心に勉強したから言いますが、過去の一つの事実から、まったく正反対の結論を導き出すこともできるのですよ。例えばスリザリンは学校の運営について仲間と争い、ホグワーツを去ったという史実がありますね。ところが我が校には彼の名を冠した寮が今に至るまで存在している。スリザリン出身者はスリザリンの何十代目かの孫弟子であることを誇る訳だが、ーーミネルバ、あなたは師が去ったのにスリザリンの弟子達が残ったのは何故か、と考えてみたことはあるかしら。彼らは師についていってスリザリン校を創ってもよかったのにね」フリットウィックはふたたび笑った。マクゴナガルは無言だった。
「こう考えてみることは出来ないかな? 弟子達は師と袂をわかったのだと。あの『秘密の部屋』の伝説は、師を捨てた弟子達の不安とうしろめたさが生み出したのかもしれないーーおそらく善良な弟子達は、スリザリンの邪悪さにおそれをなしたのではないだろうか?」
「ーーあるいは、邪悪な弟子達が善良な師を追い出したかもしれない、」マクゴナガルが言った。
「そうも考えられる。証拠はひとしく乏しいんだから。もっともわたしは、あなたに四寮の成立は学校創設のはるか後代のことだと指摘してもらいたかったのだけどね。後の人は創設者に自分の理想を投影するものだ。去った者であるなら、なおさらね」
「確かにそういう考え方もあるのかもしれませんが」
マクゴナガルは妥協をみとめぬ声で反論した。「わたしには言葉の遊びとしか思えませんわ。今、スリザリンに巣食っているのは、百年前に発見されたものであれ、現代の願望であれ、その純血主義でしょう」口調は容赦がなかった。「由来が何であれ、今そのようであるものに身を寄せる、というのは、わたしにはとてもおぞましい行為と思われるのです。あるいは許しがたい軽はずみだと」彼女は口を閉ざした。ややあって彼女は嘆息した。「わたしは、純血主義が、外にも内にも、対立する全てを滅ぼすおそろしい凶器となることを忘れることができませんーーグリンデルバルドに脅かされたわたしたちの世代は」
「そう、われわれの青春は暗い時代だった」フリットウィックは同意した。「今の世の闇が『例のあの人』の没落で終わることを、わたしたちは祈るべきだろうね」
「ほんとうに」マクゴナガルは言った。「そうなればセブルスの虚勢も嫌味も少しはおさまるでしょうに。彼が、‥‥その」誇りたかい鼻が複雑な動きをした。「彼の理想を抱いてスリザリンを選んだというなら、自業自得というものですが」
「壁に耳あり、だよ。ミネルバ!」フリットウィックは笑った。「われわれが誰の心配をしているか、彼の耳に入ってごらん」
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◆"Allegory of Rose" is a fan-fiction of J.K.Rowling's "Harry Potter"series.
◆"Allegory of Rose" was written by Yu Isahaya & Yayoi Makino, illustrated by Inemuri no Yang, with advice of Yoichi Isonokami.
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