薔薇寓話22
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ふくろう小屋から戻ると三時を過ぎている。薬問屋からの荷物はまだ届かない。スネイプは研究室に鍵をかけ、書き物机の周囲に積み上げられた木箱を動かしはじめる。音はほのぐらい実験室に予想外に反響する。暖炉が激しくはぜる。火花が連なって、たそがれに虹を引く。その一つが机上の本の表紙に小さな焼け焦げをこしらえた。火蜥蜴は興奮している。スネイプは火蜥蜴をガラス壜に追いこむ。栓をされた壜のなかで、火蜥蜴はジャンプをくりかえす。
書き物机の下を杖で叩くと床石が四方に動き、階下の石室へくだる階段があらわになる。火蜥蜴の壜をかかげてスネイプは降りてゆく。黴と埃がローブにまとわりつき、鼻孔まで舞いあがる。火蜥蜴は跳ね、あざやかなオレンジ色の炎が湿った壁をゆらりと照らす。忘れられた独房の床に散乱するのは腐りかかった羊皮紙の束だ。
壁ぎわの壊れかけた木箱から、ネクター&アンブロシア製薬のロゴの入った水色の便箋があふれ出している。あるものはタイプされ、幾つかにはグラフが書きなぐられている。数字に埋めつくされた表。あるいは手紙ーーそれらには、星を思わせる、尖った、くせのある署名を読み取ることが出来るーーA・バルトルシャイテス。
ホグワーツ魔法魔術学校魔法薬学教授バルトルシャイテスが実験中の爆発で死亡した件は、魔法警察の関心をひいた。当初、彼は闇の勢力に殺害されたのではないかと考えられていた。あるいは彼自身が一味に加わっていたのだと。彼とネクター&アンブロシアの密接な関係が明らかになり、両者の契約が回春薬の共同開発をうたっていたことが判明して、疑惑はいっそう深まった。若返りとは『例のあの人』が多大の資金と関心を投じて追いもとめている目的ではなかったか? しかし、バルトルシャイテスをヴォルデモートに結びつける糸はついに見つからなかった。教授は魔法省から実験のために逆転時計の貸与を受けており、事故は逆転時計の故障によるものと結論された。
--火蜥蜴は壜のなかで自分の尻尾を追いかけている。スネイプは書簡をよりわける。ホグワーツに赴任した直後のバルトルシャイテスは多くの製薬会社や薬問屋、研究機関と手紙のやりとりを繰り返している。最終的に、彼はネクター&アンブロシアと回春薬の開発で合意する。だが彼の強引な態度が衝突を生む。非難の応酬。ネクター&アンブロシアは契約の解消と損害賠償の請求をほのめかすーーバルトルシャイテスの計画は詐欺にあたると言うのだ。バルトルシャイテスは強気の姿勢を崩さない。契約破棄が相手にもたらすであろう損失を並べながら、さまざまな相手との交渉を再開する。事故の一年ほど前から闇の陣営とのかかわりを噂される大物の名があらわれはじめる。おそらく彼らはバルトルシャイテスに資金を提供しているーーまわりくどい、意味のとりづらい断片。バルトルシャイテスはパトロンに謝意を表明し、対価を支払う用意があると告げている。死の直前には、やりとりはほとんど符牒に近くなる。彼はある仕事のために依頼主に卒業生を紹介している。あるいは「貴兄の研究室にしばらく保管していただきたい品物」‥‥
スネイプはそれらの紙片を、バルトルシャイテスの後任のーー彼自身にとっては前任者たちのーー採点表の間に見つけたのだった。歴代の教師たちはあまりにも無邪気にーーおそらくは自覚することすらなくその一端をにないながら、資金洗浄や禁制品の密売の明らかな証拠を机の上に放っていた。二年前、研究室を引き継いだスネイプは、一晩かかって部屋中を捜索し、魔法警察さえ見のがしていた階下の小部屋にたどりついたのだった。黴と埃にまぎれた暗闇のうちに、バルトルシャイテスの未完の研究と大量の書簡が眠っていた‥‥
スネイプは草稿を木箱におさめる。『鷹井の若水の研究』。うすれかかった表紙の文字はそう読める。彼は羊皮紙の束を杖で触れてゆく。文字たちは明け方の星のように震えながら消える。最後のにじみが見えなくなるのを確認してスネイプは蓋を閉める。バルトルシャイテスは当時、将来を嘱望された有能な研究者だった。彼は自分の学問が確立されること、それがみとめられることを欲していた。すべてはそのための手段にすぎなかったのだ。闇の陣営の関係者から資金を受けることも、彼らのために口ききすることも、回春薬の開発に手を出すことも。爆発事故はバルトルシャイテスの野望をもっとも滑稽なかたちで断ち切ったーー日刊予言者新聞の社会面をかざった大見出しーー〈名門学校の教授、精力剤を調合中に爆死〉スネイプは苦々しく口の端をゆがめる。彼は回春薬、我は媚薬。大した変わりはない。もし事故が起こらなかったら? ーースネイプはささくれだった蓋に問いかける。バルトルシャイテスは一流の学者として尊敬を集め、自分がここに来ることはなかったのだろうか? それとも、ヴォルデモートの没落は、別の耐えがたい運命に彼を導いただけだったろうか?‥‥
彼は銀色の粉で木箱を封印する。それから壜を傾け、火蜥蜴のこどもを自由にしてやる。火蜥蜴は木箱にとびうつり、蓋の金具や取手のまわりを走りまわる。大量の空気によって火蜥蜴は発火する。木箱もまた、炎に包まれる。だが銀の粉に守られて、中のものが焼き尽くされることはない。許されざる者が封印を破ろうとしない限りは。
「スリザリン寮に」
命じてスネイプはためらう。燃えさかる炎が部屋を、彼の顔を、暗い虹彩を朱に染める。ややあって彼は言いなおす。「秘密よ、ホグワーツに害なす者から永久に姿を隠せ」
スネイプは部屋を閉ざす。残された暗闇の中で、火蜥蜴のこどもは小さな火花を発しながら、今はおだやかにまどろんでいる。
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◆"Allegory of Rose" is a fan-fiction of J.K.Rowling's "Harry Potter"series.
◆"Allegory of Rose" was written by Yu Isahaya & Yayoi Makino, illustrated by Inemuri no Yang, with advice of Yoichi Isonokami.
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