愚管抄_後世への期待
愚管抄_後世への期待
又道理と云ふ物はやすやすと侍るぞかし。それ弁(わきま)へたらん臣下にて、武士の勢あらんを召し集めて仰せ聞かせばや。その仰せ言葉は、
「先づ武士と云ふものは、今は世の末に一定、当時あるやうに用ゐられてあるべき世の末になりたりとひしと見ゆ。さればそのやうは勿論(=異論なき)也。その上にはこの武士を悪ろしと思し召して<も>、これにまさりたる輩(ともがら)出で来べきにあらず。この様(やう)に付けても世の末ざま<なれ>ば、いよいよ悪ろき者のみこそあらんずれ。この輩(ともがら)滅ぼさんずる逆乱(げきらん=争乱)はいかばかりの事にてかはあるべき<やう>な<け>れば、冥(みやう)に天道の御沙汰のほかに、顕(あらは)に汝等を憎くも疑ひも思し召すことは無き也」。
地頭の事こそ大事なれ。これは静かに静かによくよく武士に仰せ合せて御計らひあるべき也。これ(=地頭)停(とど)められ参らせじとて、迎へ火を作りて朝家を威し参らする事もあるべからず。さればとて又怖ぢさせ給うべきことにもあらぬなり。ただ大方のやうの武士の輩(ともがら)が、今は正道を存ずべき世になりたる也。
この東宮、この将軍と云ふはわづかに二歳の少人なり。これを作り出で給ふことはひとへに宗廟の神の御沙汰あらはなる。東宮も御母はみなし子になられたり。祈念すべき人もなし。外祖父の願力の応(こた)ふらんをば知らねども、かかること今出で来給ふべしやは。将軍又かかる死して源氏平氏の氏つやつやと絶ゆべしやは。その代はりにこの子を用ゐるべしやは。一定只事(ただこと)にはあらぬ也。
昔より成り行く世を見るに、廃(す)たれ果てて又起こるべき時にあい当たりたり。これに過ぎては失せむとては、いかに失せむずるぞ。記典・明経もすこしは残れり。明法・法令も塵ばかりはあんめり。顕密の僧徒も又過失なくきこゆ。百王を数ふるにいま十六代は残れり。今この二歳の人々の大人しく成りて、世をば失ひも果て、起こしも立てむずるなり。
「それ今廿年待たん迄、武士僻事(ひがこと)すな僻事すな、僻事せずは自余の人の僻事は停めやすし」と仰せ聞かせて、神社・仏寺、祠官・僧侶に良けらかならん庄薗さらに珍しく寄せ給(た)びて、「この世を猶失なはん邪魔をば、神力・仏力にて押さへ、悪人、反道の心あらん輩をば、その心あらせぬ先に召し取れと祈念せよ」と、ひしと仰せられて、この賄(まいない)献芹(=献上)すこし停められよかし。世に安かりぬべき事かなとこそ、神武より今日(けふ)までの事がらを見下して思ひ続くるに、この道理はさすがに残りて侍る物をと悟られ侍れ。
あな多の申すべきことのを多さや。ただ塵ばかり書きつけ侍りぬ。これをこの人々大人しくおはしまさん折(をり)御覧ぜよかし。いかが思しめさん。露ばかり空事もなく、最も真実の<真実の>世の成り行くさま、書き付けたる人もよも侍らじとて、ただ一筋の道理と云ふことの侍るを書き侍りぬる也(道理②筋道・理屈)。