亀甲墓
かめこうばか
墓室の屋根が亀の甲羅に似ているところからの名称
一説には母の胎内や子宮を模した形といわれる|「母体の中の闇の世界を亀の甲羅で覆った」等
欣一は「女性が足を開いた姿」と案内人に説明された 自註 母の子宮を模した墓に骨を収めることで、死者の霊を胎内に戻して生まれ変わりを願ったと考えられる
伊江御殿墓(いえうどぅんばか):1687年造墓|那覇市首里石嶺町|重要文化財 宜野湾御殿の墓(ぎのわんうどぅんのはか):1738年造墓(推定)|那覇市末吉公園内|那覇市指定史跡 浦添御殿の墓(うらそえうどぅんのはか):18世紀末造墓(推定)|浦添市沢岻|浦添市指定史跡
読谷山御殿の墓(ゆんたんざうどぅんのはか):19世紀前半頃造墓(推定)|那覇市首里|那覇市指定有形文化財 伊是名殿内の墓(いぜなどぅんちのはか):造墓年不詳|那覇市銘苅|国指定史跡 他に屋根付き墓には、破風墓(はふばか)、屋形墓(やかたばか)等がある