[エッセイ]10+1種類の牛
2023年6月16日(金)
花脊の農耕牛が但馬から来ていた発見を伝えた友人Bは、次にすべきは仔牛の気持ちになって、歩いて但馬から花脊へ向かう旅ではないか?と言った。確かに。もしかすると思ってもみない更なる発見があるかもしれない。当初の予定では、ある場所へ行き、農耕牛についての記憶を採取するつもりだったけれど、花背の話は牛自体に但馬という場所との繋がりが、すでに存在していることを示している。大阪の天王寺にも牛市という牛にまつわる場所があり、他にもどういった牛にまつわる場所があるのか気になる。 『駿牛絵詞』『国牛十図』という鎌倉時代(1185年−1333年頃)の2冊の書物がある。『駿牛絵詞』は、平安(794年−)・鎌倉時代、牛は貴族の牛車の牽引に活躍したため、姿形、歩き方の優れたものが良牛とされた記録が残る。『国牛十図』は鎌倉末期に河東牧童寧直麿によって書かれた絵付きの牛の解説書で、当時の国産牛を10種紹介する。鎌倉末期の筆者の前書きによると、この書物は全国から京都に集められた牛を見分けるための指南書である。 政治の中心だった京都にはたくさんのものが集まって来た。その一貫で、牛も集まって来ていた。権力のある場所に人やモノは集まってくる。また、時代によって役割や見方、取り扱われ方が変化するのは牛も然り。
筑紫牛:姿がよい。九州長崎県にある離島・壱岐島。
御厨牛:たくましい。現在の佐賀県、長崎県。
但馬牛:腰や背が丸々として頑健。兵庫県但馬地方。
河内牛:まあまあというところで、駿牛も存在する。大阪府。 遠江牛:駿牛だが、ややあばれもの。静岡県西部地方。
越後牛:力が強い。新潟県。図は残っていない。
『国牛十図』口語訳参考:
さらにこの書籍の前書きには牛が馬より賢さに劣るという表現がある。賢さとは頭の回転の良さではなく、どちらかというと身体性、行動の俊敏さの度合いを表現したものだろう。例えば、水田作業のスピードは牛は時速約2.5km、馬の時速は約4.0kmとされる。土地が荒れていると、牛よりも馬で耕すこともある。また、よく馬と牛の比較で指摘されるのは、糞の違いである。農耕牛について聞き取りをしていると、草を刈って牛に食べさせた話に始まり、糞を堆肥にする流れになる。その糞は馬と牛で異なり、馬の糞は発酵によって地熱を高める効果があるのに対して、牛の糞は冷肥で、寒冷地には向かない。だから西日本には農耕牛がいるが、東日本では農耕馬となる。牛を調べていると、同じ主力の使役動物だから、必然的に馬もよく出てくる。
東日本は牛より馬だったという点について、岩手県だけが例外とされるのは、南部牛がいたからだ。もしかして、東北地方の岩手県奥州市の牛の博物館がそこにある理由は、この南部牛が唯一岩手の在来牛だったことによるものかと思ったけれど、しかし南部牛とは関係なく前沢牛だった。その前沢牛とは、島根の牛と兵庫の但馬牛の血統である。南部牛は明治時代に西洋化による食肉文化の流行で、大型の西洋品種の牛との交配が盛んになり、純血統のものが失われたとされる。
人間からみた牛の世界、とくに肉牛の世界は殊更に血統を重視するところがある。
2023年6月18日(日)
奥州牛の博物館は開館20周年記念の平成27(2015)年に「南部牛の姿をもとめて」という企画展を行う。南部牛の特徴は短角種であり、南部藩領である青森県東半、三戸、八戸、上北、下北、岩手県北部、秋田県鹿角地方において飼育されていた在来牛のこととされる。南部牛は主に荷物の運搬に活躍していた。鉱山の坑道で背の低い牛が使い勝手が良かったこと、傾斜地に強い牛は峠が多い土地で最短距離での運輸に使い勝手が良かったことなどである。 資料には、当時の牛の運搬の様子が書かれている。「目的地が遠方であれば、途中の牛方宿に宿泊したり、道中で野宿をすることもありました。野宿をするときには、牛の角が外に向くように牛を円状に並ばせ、オオカミやクマに備えたといいます。」牛方と牛は、自分たちの持ち合わせた角を並べることで、大きな敵であるオオカミやクマに対抗する策をとる。牛と牛方の共同というのもとてもカッコよく感じられ、私はあまりに深く感銘を受けたので、その話を件の友人Bにも披露した。するとBはさらりとそれを絵にして返して来た。円形に配置された外向きに角を並べ、お尻を中央で付き合わせた絵である。実際に絵にしてみるものである。円形に配置された牛の群れの中央に牛方が入って寝るとなると、大きな身体の牛に踏まれそうな気がしてくる。私はその実践されたBの絵が暴いた、ある側面の真実にまた感心した。もしかするとこの牛と牛方の共同についての言い伝えは、南部牛はそれくらい大人しいとか、人と南部牛はそれくらい仲が良かった、ということを表現したものなのかもしれない。
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友人が描いた外側に角を向けた南部牛が円形に配置させた図
野咲タラ