牛がいた頃(岡山津山勝央編)
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2023年7月21日(金)
岡山は関西ではない。関西をベースにした調査であることを重視するか、農耕牛の調査であることを重視するか、と天秤にかけて、農耕牛の調査であることを選ぶことにした。 岡山県津山地方の勝央に行く用事があった。祖母の故郷と聞いていた津山である。せっかくなので祖母の家は津山のどの辺りかを確認すると、そこからもっと離れた場所だった。岡山は広い。 勝央の文化ゾーンには美術展示室に併設されて図書館がある。そこに農文協の電子データベース、ルーラル図書館が入っていた。岡山に来るまで、ひたすらに田んぼが広がる景色を眺めながら鈍行列車に乗っていた。そんな農業の盛んな岡山であるからこそ、このデータベースにここで出会うとは、不意打ちながら十分に納得がいく。急ぎではないけれど探していたデータベースだったので、偶然を喜び、司書の方に問い合わせてみると、誰でも利用できるという。接続してもらう準備の間、館内を散策する。
棚の間ををうろうろしていると、話しかけてきてくれた掃除婦の71歳(昭和27年1952年生まれ)の女性と雑談する。初めは外の暑さを労いつつ、立ち話の雑談をしているうちに、農耕牛のお話も聞かせてもらう。話題は「牛を冷やした川がどこにあったか」という質問から。
学校から帰ったら、小学校の頃ほとんど、うちのお父ちゃんも牛が暑くて川に連れて行って背中やらブラッシングしてやるからいつもピカピカにしよったで。自分が大きく育てて、自分も楽しんで田んぼや畑にも牛の力を借りてしよったん。私らより牛の方が大事なような感じじゃわ。(牛の品評会で)一等二等っていうのがあるの。お父さん、牛と一緒に写真とってもらったり、ほんで昔は賞品のバケツもろうてきたり。何等がなに、何等がなにとか、メダルをもろたりして。
その牛は、お乳出すやつじゃない、黒いやつ。働くやつな。
木とか材木とか運ぶ馬がないとこは(最初から)牛を飼うとった。けど牛はあんまり(木材は)引っ張らんけどな。(木材を引っ張るのは)馬の方がいい。最初うちらも木をあれしよたから。昔は山から木を運んできて、風呂や煮炊きもんにしよたから、馬を飼って、馬に引っ張らせたりしよったけど。一頭だけ。馬は最初の時に山から下へ下ろしたり、道のとこまで(木材を)下ろすのも馬の力を借りんと、人間の力じゃ一人や二人ぐらいじゃったら足りん。たくさん人居ればいいけど。それがだんだんなくなって、牛を飼いだした。
少し前に友達と話しているときに、そういえば「牛冷す」という俳句の季語になった川は、どこにあるのかという話になった。7月も半ばになるとめっきり暑くなり、友人と牛の調査をしようと相談していたところ、夏のフィールドワークは暑すぎるのでよさないか?と怖気付いた。確かに毎日暑い。そこで暑さの中にとり残された人間たちで、いなくなった牛を冷やした川を探しに行けば、ちょっとは涼しくなるのではないか、という事になった。言葉を残して消えた牛。牛を冷やした川の質問をした。
女性の話では、牛を冷すために、住んでいる家の近所の川に連れて行ったそうだ。同じ川は牛の憩いの場所だけではなく、子どもたちの遊び場でもあった。生活には川がとても近いところにある。
それからお父さんが牛をとても大事にしていた話。
また、牛の前に木を運ぶために馬がいた時期があったという話。花脊での話と同じで、花脊でもや木炭を運ぶ仕事を馬がしていた。 女性の話は大きく三つの流れがあり、子供の頃の暮らしや遊びの記憶と、お父さんが牛をとても可愛がっていた記憶と、生活の中に木、燃料としての木炭があった頃の記憶だった。
(お父さんは)子供より牛の方が大事な感じやったで。わしら五人兄弟の一番末っ子じゃったけど。人間は役に立たんけど、牛はな、お産してもすぐに立ち上がるん。生まれてすぐ立たなんだら、元気な牛じゃないんだって。
<私:牛飼ってたのはお産とかもしたん?>
メスだったらな。
<私:二頭ぐらいいるの?>
二頭ぐらいいても、その子供を今度は大きくして、親を売ったりしてな。獣医さんがおったけんな、昔でも。
<私:獣医さんは村におったんですか?>
村におったんかどこにおったんか知らんけど。獣医されおる人にお願いしてな。せなんだらそうせんが結構大きいからな、赤ちゃんじゃゆうても。
女性のお話にある、牛市で牛を買ったり、雌牛は仔牛を産み、仔牛を育てて親牛は手放すというのは、博労が仔牛を定期的に連れてくる農耕牛のシステムとは違っている。
<私:牛って暴れる?>
いや大人しいゆうても、お父さんがようゆうたで、後ろに行かれんゆうてお尻の方に行かれんゆうて、辛い時も後ろを蹴るけんな。絶対行かれんよ、ゆうて、危ないよ、ゆうて言われよったわ。
私らより牛の方が、まあ必要じゃけん可愛がってくれよった。
私らは友達とちっちゃい頃はな、遊びよったからな。お寺の門でな。男の子は住職によう怒られよった。松の大きな木があったりしたら、それを飛び乗ってぶら下がったり。広いゆうたらお寺ぐらいしかないけん。小学校というか学校から離れとるけん。「山のお寺の鐘がなる」ゆうてな。5時になったらな住職がな、鐘が叩きに来る、ごーん、ごーんてな。あのサスペンスでようしよろう、あの、住職が刑事になって、なにゆう人やったかな、そんな感じやったで。
女性のお話は子どもの頃の記憶の中の会話や情景が豊かでとてもおもしろい。民話を聞いているみたいな心地がするし、実際に民話だろう。
お父さんが飼いよったからな。昔はそんなことしか(楽しみが)なかったからな。今やったらパチンコとかゆうてあるけども。昔のお父さんは一生懸命働くが。ないんじゃもんお仕事が。
<私:お父さんは百姓やったん?>
百姓やった。
<私:百姓もして、木の仕事もしてたん?>
そうそう。昔はご飯なんかでもかまどで炊いたりするでしょう。薪を作るのにしよった。こたつも電気スイッチ入れたらいいけど、あれが電気毛布とかになるけど、おばちゃんらの時は豆炭をな、風呂を炊きよるところでおこすんじゃ、赤こうなるまで冬はな。夏はせんけどな。それで家族みんながな、四人やったら四人のな、足のとこだけ置いて寝ようと。それでもな、今みたいに暖房みたいなんじゃないけど。そんなんがお仕事じゃったで。私ら学校から帰って。
<私:牛の仕事もしたん?>
お兄さんがしおった。藁を切ってな。昔は圧し切りって言ってな。藁を五センチくらいの幅に切ってやったりしよったけど。機械が出来て、藁を入れたら電気でパッパパッッパ切れる。お兄さんは学校から帰ったらさせられよった。牛の餌を切っときんさいゆうて言われたり、布団が藁じゃが、マイゴイも出さないけん、畑とか田んぼやコメにばらまいたら肥料になるさけ。牛がおしっこしたり糞したりするけ、それを外のとこへ積んどって、ちょっと乾かすような感じで、それをさばけるようになったら、バラバラになったら田んぼにばら撒いて、牛を使って耕すんやな。そうしおったんやで。
<私:手間かけますね。>
手間かけるわ。だって今だったら田植えを機械でやるけど、おばちゃんらの頃は手植えだったけん。ピューっと一本紐があるんじゃ。それにそろばんみたいな赤い玉があるじゃ。これくらい一定の間隔でしるしがある。子供じゃけ、そこのとこまで植えるんけ。あっちとこっちと綱を引っ張っとって、歪んだらかっこ悪かろ。それで田植えをさせられよった。おばちゃんらもようしたんよ。だってお母さんがだんだん年取ってくるし、上は皆家出て行くが、だから残った人が手伝わないけん、私らよう百姓したで。学校から帰ったら稲刈りの時やら、5株くらい刈ったら、藁で括って、かけとったら乾燥させて、これをまた機械を入れてこがないけんしな、乾燥機に入れたりしないけんし、大変やったんやで昔は。今簡単にしよるけどな。結局昔の人はえらい目しとるよ。
<私:えらいですね、本当に。ご苦労様です。>
手植えをする田植えの写真は見たことがあったけれど、実際にどういった感じで植えていたのかは、初めて聞いた。今でも催し的な手植えの田植えの話を聞くことはあるけれど、用意された作業はどこか模倣的な気がするのは、驚きとか発見という新鮮で一過性の体験になって語られるからで、女性のお話を聞いていると、前後の生活がある中の経験は、生活に不可欠な農作業で、生活史の一部になっている。
郷土資料コーナーには岡山の各地方の間取りについて『岡山県の民家研究』(鶴藤鹿忠著、日本文教出版会社、1976)という本があった。その本を見ると岡山は家の内側に厩がある間取りの地域がほとんどだった。厩についても地方ごとの分析がされている。一つの地方のみ厩はない。家畜を飼う習慣がなかった。
厩は家の内側にある地域と家の外側にある地域がある。これまで調べた関西の間取りは園部も四条畷も厩は家の内側にあった。愛媛県に実家がある人から聞いた話では、厩は家の外側にあったという。 東北で牛の民俗学を研究している友人に聞いたところ、南部藩の間取りは雪深いので暖を一緒にとるために牛小屋は家の中だけど、伊達藩の間取りは牛と一緒はやっぱり臭いので、家、牛小屋、トイレは三つ離れていたと話す。文化や風習、環境によって間取りは違ってくるようだ。
夕方になる前に、本来用事があった美術展示室にちょうど友人がいたので、そのまま車で岡山市内に連れていってもらう。道中、また再び田んぼがどこまでも広がる景色が続く。レンコン畑を見た。
泊まったドミトリーは昔のお肉屋さんをリノベーションした建物だった。冷蔵庫の名残があり、鳥居がたくさんある。商店街の端にある。
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岡山の夕方のレンコン畑
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岡山の川
野咲タラ