『誰がために医師はいる』
書籍名
誰がために医師はいる――クスリとヒトの現代論
松本俊彦
詳細
https://gyazo.com/a51e3e6dd6d954a58d7c7d852233fb4f
ある患者は違法薬物を用いて仕事への活力を繋ぎ、ある患者はトラウマ的な記憶から自分を守るために、自らの身体に刃を向けた。またある患者は仕事も家族も失ったのち、街の灯りを、人の営みを眺めながら海へ身を投げた。いったい、彼らを救う正しい方法などあったのだろうか? ときに医師として無力感さえ感じながら、著者は患者たちの訴えに秘められた悲哀と苦悩の歴史のなかに、心の傷への寄り添い方を見つけていく。同時に、身を削がれるような臨床の日々に蓄積した嗜癖障害という病いの正しい知識を、著者は発信しつづけた。「何か」に依存する患者を適切に治療し、社会復帰へと導くためには、メディアや社会も変わるべきだ――人びとを孤立から救い、安心して「誰か」に依存できる社会を作ることこそ、嗜癖障害への最大の治療なのだ。読む者は壮絶な筆致に身を委ねるうちに著者の人生を追体験し、患者を通して見える社会の病理に否応なく気づかされるだろう。嗜癖障害臨床の最前線で怒り、挑み、闘いつづけてきた精神科医の半生記。 感想
著者の松本俊彦さんは、国立精神・神経医療研究センターのドクター。依存症を専門にする。アルコール依存症とか、薬物依存症とか。依存症は「アディクション」と呼ぶ。僕にとって身近なアディクションは「ゲーム」。香川県はゲームを制限する条例をつくったし、中国もゲームを制限・ゲーム企業の活動を抑えている。ゲーム以外にも、今年は書籍「スマホ脳」が大ヒットした。お砂糖だって、アディクションが強いものと言えるかもしれない。アディクションとは身近なものだと感じる。 著者によると、人類は薬物を生み出す動物らしい。落ちて発酵したりんごを食べて酩酊する猿の話は有名だけど、人間は薬物を作り出す。アルコールもそうだし、大麻・カフェインも人類が見つけて全世界に広まった。コミュニティには何か1つ好かれる薬物がある、という話は目からウロコだった。
薬物もアルコールも大した違いない。健康被害は、アルコールのほうがずっと高い。薬物・覚せい剤への世間の誤解にも詳しいが、覚せい剤の最初は、拍子抜けするものらしい。たった1回で人生が終わるというものではない。アルコールが許されているのは、法律が禁止していないから。法律がつくられるずっと前から、社会と矯正していたから。薬物は新しく入ってきたから禁止されているだけ。薬物がダメな理由は、社会がつくっている。とっても恣意的なものだ。著者の主張はおもしろかった。 聞いた話だと、アルコールだってアメリカ西部開拓者が、無法者で荒くれ者で、アルコールが絡んだ犯罪が多かったから禁酒法ができたのだのこと。どちらかというと「荒くれ者・犯罪者を取り締まりたい」という狙いから禁酒法が生まれている。薬物だって同じだろう。薬物で資金をあつめたり、犯罪を犯す人が多いから禁止しているだけであって、薬物・アルコールの両者に明確な違いはないのだろうなと思った。 心の痛みなどがあって、それを依存性の強いもので紛らわす。生きのびるための不健康、という概念はとっても面白かった。著者はゲームやカフェインを例に出していた。カフェインを飲んでずっと本を読む。バルザックをロールモデルにするエピソードには、学生時代を思い出して、親近感を覚えた。確かに、私たちは辛い世の中を生き抜くために、少しずつ不健康になりながら生きている。生きのびるために、依存性の強いものに手を出したり、健康を差し出したりしている。薬物依存患者と僕の間には、大きな違いはない。 本書は「薬物依存の誤解を解く本」として紹介されている。著者自身も、本を書いた理由を、みすず書房のインタビューにて「もっと依存症に関心を持ってもらうのにどうしたらいいのか、さらには医療者、特に医者の持つ依存症患者へのスティグマを減らして、若い人に関心持ってもらうにはどうしたらいいのか」と考えたからだと書いている。たしかにまとめるとそういうことなのだが、
私はもっと違うものを受け取った。「薬物依存の誤解を解く本だよ」というと、ちょっと身構えてしまう。薬物は自分には関係ないし、そんな誤解をとかれてもなぁ、となる。でも、私が前におもったのは「依存症を前に、何もできない無力なドクター」と、「救うのはドクターではなくて、人との関係性」というエピソードが面白かったのだ。まさにタイトルどおり。誰がために医者はいるのか。医者は浮き輪をなげることしかできない。
松本さんみたいに、仕事をつうじて、人間への見識を深めていく、教科書にはない知恵をみにつけていける。そういう仕事への姿勢が羨ましいし、憧れがある。無力なドクター。変えられないものを受け入れる落ち着き、変えられないものを受け入れる落ち着き、変えられるものを変える勇気、その2つを見分ける賢さ。この本の根底に流れている。 他にも印象に残っていることをバラバラと書いていく
自殺をする人は、最後まで迷っていること。死ぬ直前まで携帯電話をもち、輝く街の方が見える方向に身を投げるということ。
PDSDで、記憶がとんでしまうことがあるということ。快楽があるから薬物をつかうのではなく、苦しみから逃げるために薬物をつかうのだということ。