超相対性理論の「想像力の暴走」シリーズのメモ
超相対性理論の「想像力の暴走」のシリーズを聴いた。話し手は荒木博行さん、渡邉康太郎さん、にゲストの谷川嘉浩さん。今回もおもしろかった〜。
https://anchor.fm/super-relativity/episodes/95-1-e1uj8c9/a-a9a0eeq
https://anchor.fm/super-relativity/episodes/96-2-e1uj8fn/a-a9a0eon
https://anchor.fm/super-relativity/episodes/97-3-e1v02c4/a-a9bas48
https://anchor.fm/super-relativity/episodes/98-4-e1v0472/a-a9baskc
想像力のベクトルがあるのかも
少なくとも 2 方向ありそう?
変化: 想像力をはたらかせることによって、自身の認知を更新していく
固定: 想像力をはたらかせることによって、自身の認知を強化していく
コミュニケーションとは対話が終わったときに自分が変わる覚悟を持っている、そういう覚悟のもとで行われるもののことである
『The Gardener and the Carpenter』
http://alisongopnik.com/TheGardenerAndTheCarpenter.htm
エピソード中で言及のあった Alison Gopnik さんの書籍
邦訳版は『思いどおりになんて育たない』
https://www.amazon.co.jp/dp/4627854315
直訳すると「庭師と大工」みたいになるけど、庭を育てるようにやるか、家を建てるようにやるか、というスタンスのちがいはおもしろいな
丁寧に「雑」を扱っていくに書いたことは、ここでいう Gardener 的な態度のことと言えそう
分類しすぎない・設計しすぎない・制御しすぎない、のような共通するテーマを感じるね?
ぼくの日記においては「庭いじり」というリンクを用いたことがあった
日本のプラグマティストである鶴見俊輔は、「竹刀を握るときは軽く握らないとダメだ」と書いたことがある。「パーンとやられたときはパッと取り落とすくらい軽く握るのが、竹刀のいい握り方で、必要ならもう一度拾えばいい」というような話だ(鶴見俊輔『流れに抗して』編集グループSURE)。これは、仮説(理論)との付き合い方についての、うまいメタファーになっている。
「プラグマティズム」から考える仮説的思考、あるいは哲学の魔法|哲学者・谷川嘉浩 - De-Silo
パーンとやられたときはパッと取り落とすくらい軽く握るのが、竹刀のいい握り方
仮説との付き合い方
結論に固執すると硬直してしまう