メタ認知
メタ認知は1970年代に広まった概念で、メタ認知という用語はFlavell (1976) において初めて用いられた。
「メタ認知とは認知過程及びその関連事物(情報やデータなど)に関する自分自身の知識をさす。例えば、私がAよりもBの方が学習が困難であると気づいたとしたり、あるいはCが事実であると認める前にそれについて再確認しようと思いついたとしたら、それはメタ認知を行っているということだ。」—J. H. Flavell (1976, p. 232)
John Hurley Flavell (born August 9, 1928, in Rockland, Massachusetts) is an American developmental psychologist specializing in children's cognitive development who serves as Anne T. and Robert M. Bass Professor, Emeritus at Stanford University. A foundational researcher of metacognition and metamemory, he is a member of both the National Academy of Sciences and the American Academy of Arts and Sciences.
Metacognition is an awareness of one's thought processes and an understanding of the patterns behind them. The term comes from the root word meta, meaning "beyond", or "on top of". Metacognition can take many forms, such as reflecting on one's ways of thinking and knowing when and how to use particular strategies for problem-solving. There are generally two components of metacognition: (1) knowledge about cognition and (2) regulation of cognition. A metacognitive model differs from other scientific models in that the creator of the model is per definition also enclosed within it. Scientific models are often prone to distancing the observer from the object or field of study whereas a metacognitive model in general tries to include the observer in the model.
COTENでは、メタ認知を「他の世界に出会うことで、自分や自分の存在している世界を相対化して捉えること」と定義しています。全てのことに「正解」はないという前提で、誰しもが自分の視点に囚われていることを自覚し、まずは自分達が、メタ認知をし続けることを目指しています。
「メタ」=「超える」「超越した」といった意味ですから、今の視点をもう一歩高いレベルに引き上げて、自分と周囲をより客観的に見る……くらいの意味で使っています。認知科学での「メタ認知」の定義とは少し違うと思いますけど。
今は政治や社会問題に限らず、多様な価値観が飛び交う時代です。Aがいいという人もいれば、いや、Bであるべきだという人もいる。でもメタ認知ができれば、自分の信条に反する価値観の持ち主に対しても、同意はしないにしても理解はできるはず。すると、価値観が異なる人とでも共生しやすくなります。異なる価値観と共存するために必要なのはメタ認知力です。
これはなかなか悩ましいやつ。もともとの認知科学的な意味合いでメタ認知という言葉を使ってきた人たちからすると、それよりもふわっとした意味で使う人が増えているわけだから、だんだんと意思疎通には使いにくくなってくるよね。ぼくもそろそろ別の言葉で迂回した方がいいな、と思ってきた。