岩石と文明
「大地変動の時代を生き延びるために知ってほしい岩石の世界『岩石と文明』
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2022年1月7日鎌田 浩毅
京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授・京都大学名誉教授
地面には土と岩があり、少し掘ってみると硬い岩石がある。こうした土や岩を研究するのが地質学で、既に300年近い歴史をもつ。地質学者にとって岩石は、地球のなりたちや未来まで予測できる魅力溢れる物質なのだ。本書は地質学の第一人者が、岩石の不思議を古今東西にわたる人類の文明に引き付けて雄弁に語る。実は、人間は地球上のあらゆる岩石から文明を創ってきた、と言っても過言ではない。上下2冊の計25章にわたって展開される興味深いストーリーの中で、特に3つの点を強調したい。最初に、岩石の地道な研究から、地球上に起きる地震や噴火や大陸移動などの現象が、統一的に説明できるようになったのだ。 20世紀の初頭にウェゲナーというドイツ人の気象学者が、かつて大陸は移動していたことを化石の分布から提唱した(第18章)。彼の死後、このアイデアは岩石に残る磁気から正しいことが実証された(第21章)。 「プレート・テクトニクス理論」と呼ばれる地球科学の革命で、ここから昨今の日本でも頻発する地震や噴火のメカニズムが明らかになった(第23章)。すなわち、何の変哲もない岩石の研究が、地球のダイナミックな運動を万人が納得できるストーリーまで仕上がったのである(ウェゲナー『大陸と海洋の起源』ブルーバックスを参照)。『岩石と文明』には科学の面白さが全て凝縮されており、著者の分かりやすい説明と初学者にも親切な図版が、その理解を助けてくれる。 本書の第2のテーマは、地質学の萌芽期には科学に対する宗教の介入と弾圧が、自由な研究に大きな制約を与えた点である。「キリスト教の教理によると、地球は完璧であり、未来永劫にわたって変化しない存在であるはずである」(『岩石と文明』上巻50ページ)。11年前の東日本大震災を経験し、現在「大地変動の時代」に突入した日本人にとって、この見方が間違いであることはすぐ分かるが、地質学の先輩たちはこうした古い考えと戦ってきた。さらに地質学に物理学や化学の手法を持ち込むことで、定量的かつ普遍的な議論を組み上げた。その結果、聖書の記述から導かれていた地球の年齢3000年が、実際には46億年という途方もなく長い時間であることが判明した(第4章と第8章)。 本書の第3のテーマは岩石と戦争である。すでに古代人は銅鉱石をめぐって争奪戦を繰り広げており(第2章)、錫の薄膜を内側に塗った缶詰の発明が、「陸軍や海軍の長い航海や作戦行動中の食料補給を可能にした」(上巻40ページ)。岩石に含まれる有用金属は、どの時代にも文明の進展にとって不可欠なのだ。現代で言えば、レアアース(希土類)の確保が、ハイテク産業の盛衰を握るのに相当しよう。ここで岩石について専門の立場から解説しておきたい。地球科学において「岩石」とは、鉱物の集合体と明確に定義された科学用語である。そして鉱物をひとことで言うなら、成分(化学組成)を式(化学式) で表わすことができる天然の無機物の結晶(原子が規則正しく並んでいる固体)のことである。岩石はどの鉱物がいかに集まってできているのかで、見かけが非常に変わる。たとえば、黒い鉱物が多ければ全体としても黒っぽい岩石に見えるし、鉱物の粒が向きを揃えて配列していれば全体としては縞模様に見える。よって、岩石の観察というのは、構成鉱物の種類と割合、そして集まり具合(岩石の組織)を調べることなのである(鎌田浩毅・西本昌司『本当にわかる地球科学』日本実業出版社)。 ちなみに、複数の鉱物が同じ岩石に入っているからといって、それらの鉱物が同時にできた とは限らない。海でできた鉱物と山でできた鉱物が一緒になっている岩石もあるし、 もともとあった鉱物が別の鉱物に変質してしまっている岩石もある。よって、どんな鉱物がどんなふうに集まってできているのかを知ることは、岩石がどのようにしてできたかを知ることにつながる。岩石の特性に関する情報収集を行なうことで、地球で起こった現象を調べようとするのが岩石学である。岩石の「プロファイリング」に基づいた地球の事件捜査ともいえるだろう。いわば、岩石の「顔つき」から岩石のルーツに迫るのだ。 鉱物の集合体である岩石は、ちょっとした構成鉱物の混ざり具合(種類、量比、 粒度)のちがいで顔つきが変わってくる。こうしたわずかな違いで細かく分類すれば、無数の名前をつくることが可能になる。実際、1935年に火成岩の名称を集めた本には1000以上の種類が挙げられている。そこで岩石の名前は、見た目の「顔つき」と「成因」をうまく結びつけた分類法が考案され、徐々に体系化されてきた。もちろん、見た目だけで岩石鑑定 するのは言うほど簡単ではない。「成因」といっても何億年も前に起きた現象なので、大雑把であるかもしれない。それでも岩石を見た目だけでその生い立ちが見極められるようになるのは、 岩石を学ぶ醍醐味であると言っても過言ではない。
さて、こうして岩石をめぐる歴史的・文化的背景を知ることで、人間がいかに大地と密接に暮らしてきたがよく分かる。ちなみに、評者も四〇年以上地質学の研究を続けてきたが、大学生や市民に地学の魅力を紹介する際には必ず人間との関わりについて言及する(鎌田浩毅『地学ノススメ』ブルーバックス)。岩石と文明というテーマ自体が地学の本道であり、著者は見事にそのストーリーを楽しませてくれる。地球に関心を持つ多くの人に勧めたい好著である。