[テキスト]個人情報等優越的地位濫用ガイドライン案
公正取引委員会「デジタル・プラットフォーマーと個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方(案)」(令和元年8月29日)
デジタル・プラットフォーマーと個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方(案)
令和 年 月 日
公正取引委員会
はじめに
第四次産業革命下で情報通信技術やデータを活用して第三者に多種多様なサービスの「場」を提供するデジタル・プラットフォーマーは、革新的なビジネスや市場を生み出し続けるイノベーションの担い手となっており、その恩恵は、中小企業を含む事業者にとっては市場へのアクセスの可能性を飛躍的に高め、消費者にとっては便益向上につながるなど、我が国の経済や社会にとって、重要な存在となっている。
複数の利用者層が存在する多面市場を担うデジタル・プラットフォーマーの提供するサービスは、ネットワーク効果、低廉な限界費用、規模の経済等の特性を通じて拡大し、独占化・寡占化が進みやすいとされている。また、ネットワーク効果、規模の経済等を通じて、データが集中することにより、利用者の効用が増加していくとともに、デジタル・プラットフォーマーにデータが集積・利活用され、データを基本とするビジネスモデルが構築されると、それによってさらにデータの集積・利活用が進展するといった競争優位を維持・強化する好循環が生じるともされている。
一方、個人情報等の取得又は利用と引換えに財やサービスを無料で提供するというビジネスモデルが採られることがあるところ、消費者が利用するサービスを提供するデジタル・プラットフォーマーが、サービスを提供する際に消費者の個人情報等を取得又は利用することに対して懸念する声もある。
デジタル・プラットフォーマーが、不公正な手段により個人情報等を取得又は利用することにより、消費者に不利益を与えるとともに、公正かつ自由な競争に悪影響を及ぼす場合には、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二十二年法律第五十四号。以下「独占禁止法」という。)上の問題が生じることになる。
このため、独占禁止法の運用における透明性、デジタル・プラットフォーマーの予見可能性を向上させる観点から、個人情報等の取得又は利用においてどのような行為が、優越的地位の濫用として問題となるかについて整理した。
なお、後記5に記載の行為が他の法令に照らして違反となる場合、当該他の法令に基づく規制が妨げられることはない。
※ 「デジタル・プラットフォーム」は、情報通信技術やデータを活用して第三者にサービスの「場」を提供し、そこに異なる複数の利用者層が存在する多面市場を形成するという特徴を有するものである。本考え方における「デジタル・プラットフォーマー」とは、オンライン・ショッピング・モール、アプリケーション・マーケット、検索サービス、コンテンツ(映像、動画、音楽、電子書籍等)配信サービス、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などのデジタル・プラットフォームを提供する事業者をいう。
※ 本考え方における「個人情報」とは、個人情報の保護に関する法律(平成十五年法律第五十七号)第2条第1項に規定する「個人情報」をいう。また、「個人情報等」とは、個人情報及び個人情報以外の情報をいう。
1 優越的地位の濫用規制についての基本的考え方
事業者がどのような取引条件で取引するかについては、基本的に、取引当事者間の自主的な判断に委ねられるものであるが、事業者と消費者との取引においては、「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差」(消費者契約法〔平成十二年法律第六十一号〕第1条)が存在しており、消費者は事業者との取引において取引条件が一方的に不利になりやすい。
自己の取引上の地位が取引の相手方である消費者に優越しているデジタル・プラットフォーマーが、取引の相手方である消費者に対し、その地位を利用して、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることは、当該取引の相手方である消費者の自由かつ自主的な判断による取引を阻害する一方で、デジタル・プラットフォーマーはその競争者との関係において競争上有利となるおそれがあるものである。このような行為は、公正な競争を阻害するおそれがあることから、不公正な取引方法の一つである優越的地位の濫用として、独占禁止法により規制される。
どのような場合に公正な競争を阻害するおそれがあると認められるのかについては、問題となる不利益の程度、行為の広がり等を考慮して個別の事案ごとに判断することとなる。
2 「取引の相手方(取引する相手方)」の考え方
独占禁止法第2条第9項第5号は、「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に」、「継続して取引する相手方」(同号イ及びロ)や「取引の相手方」(同号ハ)に対し、不利益を与える行為を優越的地位の濫用としており、「取引の相手方(取引する相手方)」には消費者も含まれる。
また、個人情報等は、消費者の属性、行動等、当該消費者個人と関係する全ての情報を含み、デジタル・プラットフォーマーの事業活動に利用されており、経済的価値を有する。
消費者が、デジタル・プラットフォーマーが提供するサービスを利用する際に、その対価として自己の個人情報等を提供していると認められる場合は当然、消費者はデジタル・プラットフォーマーの「取引の相手方(取引する相手方)」に該当する。
3 「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して」の考え方
(1)
デジタル・プラットフォーマーが個人情報等を提供する消費者に対して優越した地位にあるとは、消費者がデジタル・プラットフォーマーから不利益な取扱いを受けても、消費者が当該デジタル・プラットフォーマーの提供するサービスを利用するためにはこれを受け入れざるを得ないような場合である。
(2)
消費者がデジタル・プラットフォーマーから不利益な取扱いを受けても、消費者が当該デジタル・プラットフォーマーの提供するサービスを利用するためにはこれを受け入れざるを得ないような場合であるかの判断に当たっては、消費者にとっての当該デジタル・プラットフォーマーと「取引することの必要性」を考慮することとする。
①消費者にとって、代替可能なサービスが存在しない場合、②代替可能なサービスが存在していたとしても当該デジタル・プラットフォーマーの提供するサービスの利用を止めることが事実上困難な場合、又は、③当該デジタル・プラットフォーマーが、その意思で、ある程度自由に、価格、品質、数量、その他各般の取引条件を左右することができる地位にある場合には、通常、当該デジタル・プラットフォーマーは消費者に対し取引上の地位が優越していると認められる。
(3)
また、優越的地位にあるデジタル・プラットフォーマーが消費者に対して不当に不利益を課して取引を行えば、通常、「利用して」行われた行為であると認められる。
(4)
これらの判断に当たっては、消費者とデジタル・プラットフォーマーとの間には、情報の質及び量並びに交渉力の格差が存在することを考慮する必要がある。
4 「正常な商慣習に照らして不当に」の考え方
「正常な商慣習に照らして不当に」という要件は、優越的地位の濫用の有無が、公正な競争秩序の維持・促進の観点から個別の事案ごとに判断されることを示すものである。
ここで、「正常な商慣習」とは、公正な競争秩序の維持・促進の立場から是認されるものをいう。したがって、現に存在する商慣習に合致しているからといって、直ちにその行為が正当化されることにはならない。
5 優越的地位の濫用となる行為類型
ここでは、デジタル・プラットフォーマーと個人情報等を提供する消費者との取引において、デジタル・プラットフォーマーによる個人情報等の取得又は利用におけるどのような行為が独占禁止法第2条第9項第5号の規定に照らして、優越的地位の濫用に該当するのかについての考え方を明らかにする。
なお、優越的地位の濫用として問題となるのは、以下に記載する行為に限られるものではなく、また、他の法令に違反しない場合であっても優越的地位の濫用として問題となり得る。
(1) 個人情報等の不当な取得
デジタル・プラットフォーマーが提供するサービスを利用する消費者に対し、次のような行為を行うことは、対価に対し相応でない品質のサービスを提供すること等により、消費者に対して、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなる。したがって、サービスを利用する消費者に対し優越した地位にあるデジタル・プラットフォーマーが、その地位を利用して、次のような行為を行うことは、優越的地位の濫用として問題となる。
なお、デジタル・プラットフォーマーによる消費者が提供する個人情報等の取得に関する行為が、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなる場合には、次のような行為に限らず、優越的地位の濫用として問題となる。
ア 利用目的を消費者に知らせずに個人情報を取得すること。
【想定例①】 デジタル・プラットフォーマーA社が、個人情報を取得するに当たり、その利用目的を自社のウェブサイト等で知らせることなく、消費者に個人情報を提供させた(注1)(注2)。
(注1)自社のウェブサイトの分かりやすいところに利用目的を掲載した場合や、消費者に対し、電子メールなどにより利用目的を通知した場合は、通常、問題とならない。
(注2)利用目的の説明が曖昧である、難解な専門用語によるものである、利用目的の説明文の記載場所が容易に認識できない、分散している、他のサービスの利用に関する説明と明確に区別されていないことなどにより、消費者が利用目的を理解することが困難な状況において、消費者に個人情報を提供させている場合には、利用目的を消費者に知らせずに個人情報を取得したと判断される場合がある。
一般的な消費者が容易にアクセスできるところに分かりやすい方式で、明確かつ平易な言葉を用いて、簡潔に、一般的な消費者が容易に理解できるように利用目的に関する説明を行っている場合は、通常、問題とならない。
イ 利用目的の達成に必要な範囲を超えて、消費者の意に反して個人情報を取得すること。
【想定例②】 デジタル・プラットフォーマーB社が、個人情報を取得するに当たり、その利用目的を「商品の販売」と特定し消費者に示していたところ、商品の販売に必要な範囲を超えて、消費者の性別・職業に関する情報を、消費者の同意を得ることなく提供させた(注3)(注4)。
(注3)「商品の販売」を利用目的とする場合に、消費者の氏名、メールアドレス、決済情報等といった利用目的の達成に必要な個人情報の提供を求めることは、通常、問題とならない。また、消費者の性別や職業等といった利用目的の達成に必要な範囲を超える個人情報であっても、消費者本人の明示的な同意を得て提供を受ける場合は、通常、問題とならない。ただし、消費者が、サービスを利用せざるを得ないことから、利用目的の達成に必要な範囲を超える個人情報の提供にやむを得ず同意した場合には、当該同意は消費者の意に反するものと判断される場合がある。
(注4)「商品の販売」に加えて追加的なサービスを提供しているときに、当該追加的なサービスの提供を受ける消費者本人の明示的な同意を得て、当該追加的なサービスの提供に必要な個人情報の提供を受ける場合は、通常、問題とならない。
ウ 個人情報の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じずに、個人情報を取得すること。
【想定例③】 デジタル・プラットフォーマーC社が、個人情報の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じずに、サービスを利用させ、個人情報を提供させた。
エ 自己の提供するサービスを継続して利用する消費者に対し、消費者がサービスを利用するための対価として提供している個人情報等とは別に、個人情報等の経済上の利益を提供させること。
【想定例④】 デジタル・プラットフォーマーD社が、提供するサービスを継続して利用する消費者から対価として取得する個人情報等とは別に、追加的に個人情報等を提供させた(注5)。
(注5)当該追加的な個人情報等の取得が、上記アないしウにおいて問題とされているような行為を伴わずに行われた場合であっても、問題となる。
従来提供していたサービスとは別に、追加的なサービスを提供する場合であって、消費者が当該追加的なサービスの提供を受けるに当たり、その対価として追加的な個人情報等を提供させる場合は、通常、問題とならない。
(2)個人情報等の不当な利用
デジタル・プラットフォーマーが提供するサービスを利用する消費者から取得した個人情報について、次のような行為を行うことは、対価に対し相応でない品質のサービスを提供すること等により、消費者に対して、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなる。したがって、サービスを利用する消費者に対し優越した地位にあるデジタル・プラットフォーマーが、その地位を利用して、次のような行為を行うことは、優越的地位の濫用として問題となる。
なお、デジタル・プラットフォーマーによる消費者が提供する個人情報等の利用に関する行為が、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなる場合には、次のような行為に限らず、優越的地位の濫用として問題となる。
ア 利用目的の達成に必要な範囲を超えて、消費者の意に反して個人情報を利用すること。
【想定例⑤】 デジタル・プラットフォーマーE社が、利用目的を「商品の販売」と特定し、当該利用目的を消費者に示して取得した個人情報を、消費者の同意を得ることなく「ターゲッティング広告」に利用した(注6)。
(注6)利用目的が「商品の販売」であるところ、新たに、ターゲッティング広告に個人情報を利用することについて、例えば、電子メールによって個々の消費者に連絡し、自社のウェブサイトにおいて、消費者から取得した個人情報を当該目的に利用することに同意する旨の確認欄へのチェックを得た上で利用する場合には、通常、問題とならない。ただし、消費者が、サービスを利用せざるを得ないことから、個人情報をターゲッティング広告に利用することにやむを得ず同意した場合には、当該同意は消費者の意に反するものと判断される場合がある。
【想定例⑥】デジタル・プラットフォーマーF社が、サービスを利用する消費者から取得した個人情報を、消費者の同意を得ることなく第三者に提供した(注7)。
(注7)個人情報を第三者に提供することについて、例えば、電子メールによって個々の消費者に連絡し、自社のウェブサイトにおいて、消費者から取得した個人情報を第三者に提供することに同意する旨の確認欄へのチェックを得た上で提供する場合には、通常、問題とならない。ただし、消費者が、サービスを利用せざるを得ないことから、個人情報の第三者への提供にやむを得ず同意した場合には、当該同意は消費者の意に反するものと判断される場合がある。
なお、提供された個人情報を、消費者の同意なく、社内の営業部門から総務部門に提供することは、通常、問題とならない。
イ 個人情報の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じずに、個人情報を利用すること。
【想定例⑦】 デジタル・プラットフォーマーG社が、個人情報の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じずに、サービスを利用させ、個人情報を利用した。