徳川家光
徳川家光(とくがわ いえみつ)は、江戸幕府の第3代征夷大将軍です。在職期間は1623年から1651年まででした。
家光は、1604年(慶長9年)に江戸城・西の丸で生まれました。2代将軍の徳川秀忠の次男で、母は浅井長政の娘である江(ごう)です。幼名は竹千代でした。
家光の治世中には、次の政策が行われました:
参勤交代の制度化
田畑売買禁止令
慶安御触書
寛永通宝の鋳造
鎖国
年寄り(後の老中)の規定の明確化
家光の最大の功績は、権限が不明瞭だった「年寄り(後の老中)」の規定を明確にしたことです。これは、戦国末期に成立した出頭人政治を終わらせ、幕府がシステムとして均質な官僚制を確立させるための挑戦でした。
家光は病弱で、1629年には26歳のときに天然痘に罹患しました。天然痘は、成人になってから罹患すると特に重症化すると言われています。